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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十二章 静と動
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優雅な団らん

 5階層の中ほどに創られた綺麗な水が湧き出る泉の前で、俺たちは休息をしながらご褒美(デザート)を食べていた。


 それなりに大きなテーブルと人数分の丸椅子をインベントリから出し、皿に乗せたシフォンケーキをフォークで摘む。

 ケーキの横には清々しい香りのする紅茶を添えて、俺たちはひと時をすごした。


 人が見たら優雅な家族の団らんとしか思えない姿だが、見通しの非常にいい平原とは違い、周囲に誰もいない場所なら問題ないだろうと判断した。


 もういい加減、皿を持ちながらのデザートやら小さなテーブルと椅子を使っての食事にも飽き飽きしていた。

 いざとなれば、そのままの状態でインベントリに収納すればいい。


 それに、ダンジョンにいる時くらいは自由に食事を楽しむ余裕は欲しいからな。

 精神的にもいいと思えるし、こういった周囲の視界が限定された場所なら問題にはならないだろう。



 むしろ、眼前に見える泉のほうが問題に思えてならなかった。

 子供たちは楽しそうな表情で水に触れているが、俺には異質に思えた。


 ギルド職員によると、この場所は魔物の侵入がない安全地帯となってるそうだ。

 こういった場所は5階層ごとにあるらしく、休むには最適だと職員は話した。

 そこに危険性を強く感じるが、どうやらこれに関しても説明をしてくれた女性を含め、この世界に住まう者には気がついていないように思える。


 ゲートで移動し、配置された敵を倒し、換金できる魔晶石を得る。

 ボス部屋だけじゃなく、戻るのにも不自由しない構造の迷宮、安全地帯の存在。

 さらには泉の横に置かれたゲートから戻り、行った場所の好きな階層に戻れる。


 そのどれもに、ゲームの世界を強く連想してしまう。


 この世界の住人にその認識は難しい。

 しかし、危険性を感じさせない仕様の数々と、目を曇らせる高品質で高価なアイテムがある点を考慮すれば、迷宮とは安全に一攫千金を狙える場所だと言われても否定できない者が多いんじゃないだろうか。


 ましてや迷宮に潜って5階層半ばにきても、未だにゴブリンしか出ていない。

 これでは優しい場所と思われても仕方がないとしか言いようがないだろう。

 逆に町の外のほうが遥かに危険だと認識してしまう。


 ……いったい何の目的でこんな場所を作ったのか、俺には分からなかった。

 この調子だと、10階層のボスも期待外れと言えるんじゃないだろうか。


「おいひぃ~」

「ふわっふわぁ~」

「あまあまふわふわで、おいしいの~」


 可愛らしい声が耳に届き、俺は意識をこちらに戻した。


 口いっぱいに頬張りながら目を輝かせるブランシェ。

 両頬に手をふれ、蕩けそうな表情をするエルル。

 満面の笑みで一口一口大切に食べるフラヴィ。


 それぞれの性格が出ている子供たちに頬を緩ませながら大人たちにも視線を向けると、こちらも中々の好評を得ているようだと安心した。


「ふむ。

 適度な硬さを感じつつ、ふわりと口の中で蕩けていくようだ。

 優しい甘さと、控えめのクリームがいいアクセントになっているな」


 ……レヴィアがどんどん食レポみたいな感想になってるな。

 まぁ、喜んでもらえてるし、それで十分なんだが。


「とても不思議なお菓子ですね。

 卵と小麦粉をメインに、こんなにも素敵なものが作れるなんて」

「……一応、ホイップクリームを乗せたシフォンケーキのつもりなんだが、創意工夫をしてもフライパンじゃこの程度が限界みたいだ。

 火加減が難しくて、これ以上のものが作れるかは分からないな」

「とても美味しいのですが、まるでこれは失敗だと聞こえてしまいますね」


 首を傾げるリーゼルに俺は答えた。


「まぁ、フライパンで作ったにしては美味いと言えるんだが、やはり本格的なオーブンがないとあの特有のふわふわ感は難しそうだよ。

 これならパンケーキのほうが普通に美味かったかもしれないな」

「ふむ、"パンケーキ"か。

 両面を焼くことで香ばしさも感じられるところを考えると、どちらも甲乙つけ難いが、蜂蜜やジャム、メープルや木の実のソースなど、幅広い味のアレンジが利く素晴らしい菓子だったな」


 これまで食べたこともなかった食事とお菓子に加え、彼女の持つ思慮深さが変な化学反応でも起こしてるんじゃないだろうか……。

 リージェは普通に食べてるが、どうにもレヴィアは食べたものを分析したくなるみたいだし、このままあげ続けても大丈夫なのか不安になってきた。


 それはさておき、どうしても必要な機材を手に入れたくなってきた。

 完成形を作ろうとするのも、俺の悪いところのひとつかもしれないな。


「やっぱりオーブンが欲しいな。

 そうすれば、できることはかなり増えそうだ」

「それがあればもっと美味しいものが作れるの!?」

「どこ!? どこにあるのごしゅじん!?」


 丸椅子から立ち上がるエルルとブランシェに苦笑いしか出なかった。

 これでもかってくらい期待した目になってるな……。

 まぁ、そんな簡単な話でもないんだが。


「手に入れるにはもっと深く潜らないといけない。

 それに、俺たちが到達できるかも分からない。

 強さとしては問題ないだろうが、修練をしないといけないだろ?

 俺も"無明長夜"を使いこなせるようにする必要があるし、色々他にやるべきことは多いんだよ」

「……そっか……ううん、そうだよね……」

「……美味しいお菓子……」


 しょぼくれるエルルに涙を溜めるブランシェ。

 ふたりには悪いが、まずは目先の問題事に対応できる力を身につけることが優先だし、どこまで潜ればこの子たちの修練になるのかも分からない以上、そういったことは後回しにして先を目指したほうがいいだろう。


 俺としてもオーブンは欲しいが、そんな時でもないし、今は諦めよう。

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