僥倖
木造の階段を上り、3階へとやって来た俺達。
突き当たりの部屋で止まり、女性は扉に小さくノックをした。
「失礼致します」
通された部屋は、中々立派な造りをしているようだ。
豪華なテーブルとソファーが対面して置かれ、部屋の片隅にある執務机で書類整理をしている男性が入ってすぐに見えた。
年齢は60代後半といった高齢の男性だ。
とても人の良さそうな雰囲気が表情に柔らかく出ていた。
「おぉ、ディートリヒ達か。
無事に戻ってなによりじゃわい」
「何とか怪我もなく無事に捕縛できたよ」
「なんと、盗賊団の捕縛に成功したのか……。
何か問題があって戻ってきたのかと思ったが、僥倖じゃの」
目を丸くしながら言葉にした男性に、穏やかな気配を感じなかった。
「おいおい……。
なんか、嫌な予感しかしないんだが……」
「ホッホ。無事で何よりじゃよ……っと。これで終わりじゃの。
……やれやれ。書類仕事は目と腰が疲れるわい……」
席から立ち上がり、ゆっくりと部屋の中央へやってくる高齢の男性。
そう時間をかけず見慣れぬ俺の姿が目に入ったようだ。
「ふむ。聞きたいことは増えたが、まずはこちらから話そうかの」
「何か問題でもあったのか? ローベルトさん」
「まぁ、まずは座らせなさい」
首を傾げるディートリヒに、彼はもっともなことを言った。
「……ふぅ。
ほれ、お前さん達も座りなさい」
「そうさせてもらうよ」
ディートリヒの言葉に続き、俺達もソファーに座らせてもらう。
体を包み込む感覚に、疲れが癒えていくようだ。
「……やはりふかふかじゃのぅ。
ワシ、ここでお仕事がしたいのぅ?」
「詳細をお願いします」
横に立つ女性職員へちらちらと目配せするも、女性は綺麗に受け流した。
「相変わらずじゃの、くーちゃんは」
「私はクラリッサです。そのあだ名はやめてください。
セクハラで訴えて多額の慰謝料を請求して号泣させますよ?」
「……時たま毒を吐くのは良くないと、ワシ、思うのぅ……」
「他に用件がなければ、これで失礼させていただきますが」
「ほんとにそっけなくて、ワシ、涙が止まらんわい……。
思えば20年前にもくーちゃんのような有能な若者もおったが、残念ながら町を去っての。あれほどの逸材とはもう出会えぬだろうと諦めていたが、ようやく優秀な仲間が加わったことが嬉しくて仕方ないわい。
くーちゃんにはいずれ、ギルドマスターとしての教養を――」
「それでは通常業務に戻らせていただきます」
「……うむ。討伐隊の編成依頼を撤回。詳細を聞き次第、憲兵隊に連絡を」
「かしこまりました」
女性職員は丁寧にお辞儀をしながら『失礼します』と言葉にして部屋を去った。
寂しそうに目で送ったローベルトを一瞥すらしなかった彼女にため息をつく。
「やれやれ。相変わらずのクールビューリーぶりじゃの、くーちゃんは……。
あんまりクールすぎると、冷え性なワシは本気で泣いちゃいそうだわい……」
しょぼくれる男性を彼らが気遣う様子はなかった。
どうやらここでは、これがありふれた日常のひとコマのようだ。




