先んずる姿勢
正直なところ、世界中の冒険者ギルドを統括するグランドマスターと直接関わることになるとは、夢にも思わなかった。
手紙での指示をここで聞き、それに従って行動するだけだと思っていた。
しかし、事はそれだけで済まなそうだ。
それを確信するだけのことが、小さな青い宝石の向こう側で起こっていた。
《さてトーヤ殿。
いや、我々はヴァイス殿と呼ぶことにしようか。
まずは我々ギルドの問題への助力に、心からの感謝を》
なるほど。
"今後起こりうるすべての責任はギルドにある"
正式にそう判断してもらえたようだ。
大きく物事が変化するわけではないが、俺の取る道もこれでおおよそ確定した。
しかし、基本スタンスを決めてもらえたことはありがたい。
彼の言葉は、"全面的な協力を惜しまない"、という意味になるからな。
それもグランドマスターから言われたことは冒険者ギルド職員に対し、何をおいても優先される絶対的な命令にも等しいと言えるだろう。
《先立って説明をさせてもらうけれど、この場には私の他に冒険者ギルドサブマスター2名と、この町にある商業、工業、林業、食品を統括するギルドマスターが4名同席している。
これはあくまでも首都のギルドマスターとなり、すべてのギルドを預かる者はグランドマスターたる私だけとなることをご理解願いたい》
首都にいるグランドマスターは冒険者ギルドのみで、他のギルド本部は他国にあるとは前もって説明を受けていた。
商業ギルドの本部が隣国となる商国の首都にあるように、それぞれ利便性を含めた様々な理由から本部とグランドマスターが置かれているんだろう。
実際にこの場に同席した者の中で頂点に座するのは、冒険者ギルドのグランドマスターであるヴィクトル氏だけになる。
それでも首都にいるそれぞれのギルドマスターがこうして会談に参加している事態になるとは、想像していなかったことだ。
あくまでも冒険者ギルドとして対応をしてくれるとばかり思っていたが……。
だが彼らが大きく口を挟むことはなく、この国に住まう民の代表として同席し、この国のために必要とあらば動き、最善を尽くすとヴィクトル氏は答えた。
隣国となる商業ギルドグランドマスターには報告済みだが、それぞれのグランドマスターへは事後報告となるので、基本的にはこの場での話が伝わることは後々となるようだ。
これについてもありがたいと言える。
どこで情報が洩れるかも分からないし、可能な限りリスクは避けるべきだ。
俺なんかが策を練るよりも遥かに先んずるその姿勢は、感謝しか出てこない。
「ありがとうございます」
そのたった一言に様々な想いと意味を込めたが、グランドマスターにはしっかりと伝わったようだ。
《こんな言い方は失礼になるが、あなたはとても聡明のようだね。
……と、無駄話をしている余裕もないことだし、本題に入らせてもらうよ》
どことなく笑顔が見えた気がする彼の言葉に、こちらも思わず笑みがこぼれた。
どうにもこの方は人を惹きつける、とても不思議な魅力を持っているようだ。
《現在、パルヴィア公国に向けて使者を送っている。
その詳細もヴァイス殿にはご理解してもらえていると思うが、件の貴族が保有する権力の失墜を目的とした他貴族へ協力を仰ぐための親書と、護衛冒険者数名だ。
すべて私が全幅の信頼をおく者たちで、4日前にこの都市を発った。
たとえギルドと呼称する無法者が関わろうと、必ず撃退できると信じているよ。
しかし、問題は山積しているのも事実。
それらのすべてはこちらで対処をさせてもらうけれど、特に厄介なことは別にあるんだ》
「……"時間"、ですね」
《そうだね。
パルヴィアは南方、それも大陸の端に位置する大国。
公国を治める大貴族の領地をすべて回るのに人員を割くわけにもいかず、どうしても時間ばかりがかかってしまう。
その暇を稼ぐために我々は可能な限りの手段を使い、限界まで延ばすつもりだ。
幸い、問題となる男は未だレーヴェンタールに滞在中のようだね。
恐らくは休息を取っていると我々は予想しているが、実際にどういった状況なのかを判断するには情報量が不足しているとしか言いようがない。
けれど、そのまま滞在してくれるのであれば、こちらとしても好都合だよ》
時間を稼ぐとは言っても限界があるはず。
手段を選ばなければという言葉に思うところはあるが、確かにそうであればそれなりに余裕ができるだろう。
その間に大貴族との足並みを揃え、マルティカイネン家失墜の準備を進める。
俺たちはその間に準備を済ませ、問題の男との交渉に備える。
どうやら、クーネンフェルス冒険者ギルドマスターのベッカー氏が予想した通りの展開となりそうだな。




