先手を打つべきか
食後の小休憩を挟み、俺たちは迷宮都市を目指す。
時折すれ違う馬車を避け、時には先行させる。
ヘルツフェルトとバウムガルテンを結ぶこのルーイヒ街道は、その名の通り穏やかで静かな場所が都市まで続き、見通しのいい平原が続く。
周りを見渡せば相当先まで目視できるので、馬車が行き交う安全な交易路として利用されるが、中には冒険者の格好をした憲兵隊も不定期に巡回するため、盗賊などの無法者はまずいないそうだ。
この辺りは特に隠れる場所もなく、森の奥地に潜伏できるような洞窟などの場所は数箇所あるが、そのすべてをヘルツフェルト憲兵が編成を組み調査を行っているので、悪党が周辺を根城にすることがないらしい。
特にここは町に近く、こんな場所に居を構えるような間抜けもいないだろう。
「都市までの経路は、魔物も比較的穏やかなものが多いです。
極々稀に熊や群れをなした狼を見かけることもありますが、こちらから近づかない限りは襲ってこないでしょう」
「俺のイメージでは逆に思えるんだが」
「これまでの統計では、そのほとんどが逃げると報告されています。
もちろん情報を全面的に信用することは危険だと思いますが、狼はとても賢い動物とも言われていますので、人が危険だと理解しているのでしょうね」
その方が好都合だと思えてならない。
集団での戦いは子供たちにはまだ難しい。
これまで3対3の状況で戦わせたこともあるが、それもゴブリンやコボルトといった最下層とその上程度の強さと分類されている連中で経験を積ませただけだ。
狼は確か4~8頭ほどで群れを成すと聞いたことがある。
それも地球上での知識になるんだが、動物の生態は環境で大きく変動するだろうし、あてにはできないか。
リーゼルにその平均数を聞いてみると、どうやら若干違うらしく、4~6頭ほどがこの辺りでは一般的のようだ。
世界基準で考えると地球とあまり変わらないみたいだが、多ければ40頭を超えるほどの群れを組むこともあるらしい。
「その場合は討伐をギルド依頼として冒険者に出されます。
私も何度か依頼されましたが、お断りさせていただいているんです」
「まぁ、そうだろうな。
リーゼルの"強さ"は置いておくとしても、そういった討伐を対象とする冒険者はかなりの荒くれ者が多いイメージがある」
「仰るとおりです……」
彼女はさぞ苦労してそうだなと思っていると、どうやら間違いではないようだ。
リーゼルの性格を考えると断ることすら神経をすり減らしていそうだし、そういった輩は相当しつこいだろうからな。
ギルド側も彼女の意を汲んでるんだろう。
それでも依頼してくるのは、さすがにどうかとは思うが。
実際に困るのは、厄介な魔物が出た時だと彼女は続けた。
ごく稀ではあるものの、この世界には並外れた魔物が出現することがある。
そういった存在は、ランクB冒険者では討伐参加すら危険だと言われるほどの強さを持つらしい。
俺もラーラさんからある程度は学んだが、"口から炎を吐いたりはしないから大丈夫よ!"、なんて笑いながら話していたくらいだし、強さとしてもそれほど気にするような魔物じゃないのかもしれないな。
「俗に"ヒュージ種"と呼ばれた魔物で、通常の大きさよりも1.5倍から2倍はあるそうですね。
私もヒュージ種のベアと戦ったことがありますが、その大きさからかなりの圧迫感を覚えましたし、強さとしても通常のベアの5割増しといった印象でした」
「ゴブリンでも出るって聞いてるし、すべての魔物にヒュージ種がいるのかもしれないが、特殊な攻撃はしてこないとも聞いてる。
もし遭遇しても、冷静に対処すれば倒せそうだな」
さすがに攻撃力は高いみたいだから子供たちとは戦わせられないんだが、ひとりだけ嬉々とした表情ときらっきらの瞳をしている子がいるな……。
やはり、先手を打つべきか。
「ダメだぞ」
「えええ!?
アタシ、でっかいのと戦いたいよ!」
「危ないからダメだ」
「そんなぁ……」
しょぼくれるブランシェには悪いが、そんな危ないことをさせる気はない。
だが、さすがにそれだけでは可哀想だと思うし、条件付きならいいだろうな。
「俺が安心して戦闘を任せられるくらい強くなったら考えるよ」
「ほんと!? 約束だよ! ごしゅじん!」
「あぁ、約束だ」
「やったぁ!」
……これもフェンリルの血が影響しているんだろうか。
どうにもこの子は血の気が多いような気配を感じる。
その性格が落ち着きを持つまで心の成長が見られないと、ヒュージ種なんて危険な存在の相手を子供たちに任せることはない。
とはいっても、気持ちが前向きなのはいいことだと考えることにしよう。
そろそろ本格的に身体能力強化と防御を教えるべきなんだろうな。




