類稀な技術すらも
冷静さを取り戻したリーゼルは、いつもよりも優しく微笑みながら答えた。
それはどこか瞳を潤ませたような熱を帯びたもので、どうにも居心地の悪さを感じさせる色に思えてならなかった。
「参りました。
さすがトーヤさんですね」
「久々に骨のある戦いができたよ」
実際に彼女が見せたものは、並みの冒険者では到達できない領域になるだろう。
しかしそれがランクSなのかと言えば、必ずしもそうだとは言いきれないはず。
以前ブロスフェルト冒険者ギルドで出会ったユリウスとは違い、彼女はその強さの比ではないほどの技量を感じた。
恐らくはそれこそが彼女を異質たらしめる所以なのだろう。
そう思っていると、瞳を輝かせたエルルは感嘆の声を上げた。
「リーゼル姉すごーい!!
あのトーヤとあんなにも戦えるなんて!!」
「"あの"って言葉に悪意がないのは分かるんだが、あまりいい気持ちはしないな」
「ぱーぱとってもつよいけど、りーぜるおねえちゃんもとってもすごかったの!」
「……うぅ……アタシ、あんなに必死で喰らいついてたのに、どうしたらあんな動きができるの……」
しょぼくれるブランシェだが、こればかりは鍛錬と経験がものをいう。
一朝一夕で身につけられるものじゃないし、彼女自身鍛錬を怠ってないことがはっきりと出ていた。
これが子供たちにいい刺激になってくれたら言うことないんだが。
そのことについて口を挟もうかと考えていると、レヴィアが興味深げに訊ねた。
「……にしても、あの動きは鍛錬以上のものを感じたが、実際にどうなんだ?」
「確かに軽くとはいえ魔力による身体能力を強化していたのは間違いないんだが、それもごくわずかで彼女は本気を出していなかったよ」
「……あれだけの動きでも、まだ本気ではなかったのですか?」
驚きで目を丸くするリージェはリーゼルに訊ねるも、答えるよりも先に俺の言葉に驚いた彼女は表情を一瞬だけ変えると、すぐにいつもの優しいものに戻りながら答えた。
「本当にすごいですね、トーヤさんは。
気づかれないと思っていました。
体に軽くマナを通しただけですので、確かに本気ではありませんが……」
「あんなに凄かったのにまだまだ強いんだ、リーゼル姉!
……でも、どうして本気では戦わなかったの?
いくらトーヤが強くても、めいっぱい攻撃したら届いたんじゃ?」
憧れを向けるエルルはすぐさま首を傾げる。
ころころと表情を変える姿は可愛いが、さすがに気づいてないみたいだな。
「もし仮に本気で戦っていたら、それはもう模擬戦じゃ済まなくなるからだよ」
軽く力を込めただけであの強さ。
リーゼルが本気を出せば、明らかに模擬戦の域を超える。
それを彼女も理解しているからこそ、力を使えなかったんだ。
「魔力を身体能力に転化させる力があるのは確証したが、問題はそこじゃない。
技術力の高さ、鋭い反応と適応速度、筋力に比例しない身体能力。
彼女の実力はランクSを軽々と超えるほどの力だと俺は思う」
「…………」
俺の言葉に、ばつが悪そうな表情をするリーゼル。
分かるよ。
世界でも類稀な技術すらも超えていることくらい。
そういったことも含めて、リーゼルはひとりで冒険者をしていたんだろ?
俺は分かってるつもりだ。
それが世界でどれだけ悪目立ちしてしまうのか。
そうなれば、実家にまで迷惑がかかるとすら思ってるんだろ?
いっそ"空人"だと公言しても信じてもらえるほどの強さが彼女にはある。
そしてそれは、この世界で極々稀に出現する異質な存在と呼ばれるものだ。
「リーゼルは、"英雄の資質"持ちなんだな」
すぐには返されないと思っている俺の問い。
彼女は言葉を詰まらせながら、沈黙で答えた。




