納得できる負け方
鋭く迫る木剣の切っ先を冷静に避けながら、俺は反撃をする。
かなり速い攻撃だったが、いともたやすくリーゼルは回避した。
思っていた通り、彼女はかなり特殊なようだ。
並みの男性冒険者を遥かに凌駕する身体能力を持つ。
もとより女性はしなやかで素早い動きを得意とする傾向が強い。
力に頼った戦い方だと男性には勝てないし、そうする必要などない。
だが、それほど筋力がないようにしか見えない女性の細腕でこの速度。
それも彼女は、人族よりも遥かに身体能力の高い獣人ではない。
これは明らかにこの世界でも異質と誰もが断言する力だ。
同時に無駄も多い。
所々粗が目立つ。
その隙を狙ってはいるが、ことごとく避けられる。
まるで空中に舞う羽根を相手にしてるみたいだ。
それもブランシェのような身体能力でごり押すような強引さは感じられず、すべてがまるで流れるような動作から攻勢に転じている。
ある程度までは技量のある師に習ったことは明白だ。
しかし、それだけでこの動きの良さは説明がつかない。
まず間違いなく"別の力"が身体能力に影響を与えている。
……たとえば、魔力を体に覆っているような。
そう思わせる力の流れを彼女から感じさせながらも決定的な何かが見えず、俺は戸惑うばかりで攻勢に出られずに様子見を続けていた。
先ほどから消極的な返し技を多用して狙っているのも彼女の本質が判明できずにいるからだが、積極性に欠ける戦いを子供たちに見せすぎるわけにもいかない。
この辺りで何らかの策を講じたいところだな。
これまでにないほどの鋭い突きを繰り出してくるリーゼル。
速さを一定に続け、目が慣れてきたところへさらに速度を上げたか。
駆け引きはこの中の誰よりも遥かに優れているし完成度も高い、が……。
「――!?」
伸びきった彼女の腕をさらに手前へ引き、軸足を強めに右足で払うと同時に力の流れを鋭く下方へ変えた。
この世界に降り立ってからまだ誰にも使っていない、完全な力の誘導。
相手の攻撃が速ければ速いだけ効果がある、体術の極地とも言える高等技術だ。
凄まじい速度で体を縦回転させるリーゼルだが、瞬時に彼女は左手で地面を軽く支え、体を小さく回転しながら背中を地に叩きつけられることを拒絶した。
前転を終えると同時に体の向きを変え、低い体勢のまま距離を取る。
左腕を軸に強く支えるのではなく、あくまでも受身として使ったのか。
バックステップまでの素早い動作は華麗そのもので、思わず追撃できなかった。
……すごいな。
初見でこれを見極められるとは想定外だ。
それも彼女は感覚だけでやってのけてしまった。
ブランシェに通ずる勘の良さを思わせて、これは別物だ。
……そうか。
これが話に聞いた存在か。
深く考える余裕を与えさせずにこちらへ迫る。
しかし、彼女の気配から焦りの色が見えるのは確実だ。
どうやら想定外はお互い様みたいで安心したよ。
強く地面を踏みしめ、さらに速度を上げた突きを繰り出す。
下半身を軸に上体を前にした威力と速度重視の鋭い攻撃だが、これなら返し技も使えないと踏んだんだろうな。
そうでもなければ、すべての攻撃を返されると考慮した上での行動か。
潔さと判断力は見事だが、その速度じゃ今度は確実に地面へ叩きつけられるぞ。
強いダメージに繋がる攻撃は彼女にできない。
それなら、こうすれば彼女も納得できる"負け方"になるだろうな。
突き出した短剣にこちらも短剣で"円"を使う。
くるんと回転させて彼女の武器を空に弾き飛ばした。
唖然とした彼女へ木剣の切っ先を向け、模擬線は終了となる。
わずか3分ほどの出来事だが、実に有意義な時間をすごせた。
しかしあまりの速度に子供たちだけじゃなく、大人たちも目を丸くしているな。
もっとも、その意味は大人と子供でまったく違うものを感じているようだが。
かなり楽しいひと時に、思わず道場での模擬戦を思い出す。
懐かしさと郷愁にかられながら、俺は空から落ちてきたリーゼルの木剣を目で確認せずに受け止めた。