不思議な魅力
「――では、ここにいるみなさんは、ある意味ではトーヤさんと同じように特別な存在、なのですか?」
馬を休ませる間、俺たちは平原に座りながらみんなで話をしていた。
右頬に手を当てて軽く首を傾げるなどこれまでの彼女からは想像もつかなかったが、それはまるで俺たちに心を開いてくれているように思えて素直に嬉しかった。
そんなリーゼルに俺は答え、フラヴィとブランシェも続けて話した。
「まぁ、そう言えるかもしれないな。
俺は空人だし、フラヴィは魔物の卵から生まれたフィヨ種なんだよ」
「ぱーぱにすてきなおなまえ、つけてもらえたの!
ひとになれたのは、なんでかわかんない。
けど、みんなといっしょのおしょくじができるの!」
「空人特有のユニークスキルがそうさせたのかもしれないな。
ここにいるブランシェもある魔物、と言っていいのか、母親から託された子だ」
「アタシは母さんからごしゅじんに託されたんだって。
母さんは"フェンリル"って種族で、とても誇り高くて精悍だったんだ!
ごしゅじんとはツガイになりたいんだけど、ダメって言われてる……」
乗り出すようにして元気に答えるブランシェ。
元気な姿からは一転し、綺麗な白い耳を垂れさせながらしょぼくれた。
まだ諦めらめきれないんだなと、申し訳なさを感じた。
こういった話は初めてだが、ブランディーヌのことをこの子も憶えてたんだな。
もしかしたら、俺が取った行動は間違いじゃなかったのかもしれない。
これまではブランシェに聞くことができなかった。
目を覚ました時のこの子が周囲を探すようにしていた仕草も、母親を探していたわけではなかったんじゃないだろうかと思ったことがある。
俺はこの子の口から、母親を"憶えていない"と言われるのが怖かった。
あれだけ娘のために尽力した母を知らないだなんて、悲しすぎるからな。
それを知る俺だからこそ、そう思えたのかもしれないが……。
ブランディーヌだけじゃなく、ブランシェのためにも力を貸せたんだろうか。
そう思えてしまう安堵できる言葉が、ようやく彼女から聞けたような気がした。
「次はあたしだね!
あたしはこの世界の女神なの。
でもそれ以外の記憶はないし、こうしてトーヤたちと旅をしながら記憶探しとおうちを探してるんだ」
さすがにきょとんとしてしまうリーゼル。
いくらなんでも女神を僭称する少女に思考が凍りついたようだ。
そもそもこの世界は"女神ステファニア"が創ったという教えが広まっている。
エルルは自らその名を口にしたことは、これまで一度もなかった。
……やはり記憶喪失が原因で曖昧な部分が多いんだろう。
恐らくは熱心に女神を信仰する家だったのかもしれないな。
続くリージェの話をする頃になると考えることを止めたのか、それとも判断するのを諦めたのか、リーゼルはそちらに意識を向けた。
しかし彼女の話も随分と飛んだものだし、目が点になるのも当然かもしれない。
改めて聞いてみればすごい内容だなと、俺自身も思わずにはいられなかった。
「――以降はトーヤさんたちと旅をしながら、世界を見ているんです。
大樹から離れられない私にとって、どこも輝いて見えるんですよ」
思えば、少しでも彼女を待たせていたら、人の姿は取れなかったかもしれない。
そういった危険な状況だったとも思えるし、何よりも俺が新たな力を発現させなければどうなっていたのかなんてのは想像に難くない。
本当にぎりぎりの一線を越えたんだと、いまさらになって血の気が引いた。
「ふむ、最後は我だな。
我は龍種がひとつ、水を司る水龍だ。
調査隊派遣の一件は聞き及んでいるようだが、その原因となったのが我になる。
さすがにそれを証明するとなるといらぬ恐怖を与えることになるだろうし、我もあの姿はもう望んでなることはない。
ヒトの姿にも随分慣れたし、やはりこの大きさが丁度いいと思っている」
目を大きく見開いたリーゼルは、驚いていいのかですら判断がつかないようだ。
それでも続く彼女の詳細を聞き終えると、優しくも誇らしく彼女を見つめた。
誰かのために何かをすること。
それは内容によってまるで変わってくるが、レヴィアがした行動は称えられるべきものだと俺たちは思っている。
それがヒトであるか龍であるかは関係なく、何よりも尊く思える命を嘆いた彼女をリーゼルも誇らしく見つめていた。
……しかし。
よくよく考えたら、俺たちの中で一般的な人は誰もいないのかもしれない。
その筆頭が俺だろうな。
そんな話をしながら俺は言葉を続けた。
「すべては"空人"だからこそ出逢えたのかもしれないと思っている。
だからといってみんなと旅をしているのは、みんなが俺と一緒にいたいと思ってくれているからなんだけどな」
「……分かります。
トーヤさんにはとても不思議な魅力を感じますから。
人を惹きつける何かを持っているのかもしれませんね。
それはきっと"空人"であることとは別なんだと思います」
「ふむ、それについては我も思うところがある。
空人ではないが、コルネリアにも何か同じものを感じていた。
恐らくは主と似た何かを持つ者が、この世界にも稀に生まれるのだろう。
それが何かは我も分からぬし、知る機会も訪れないと思える。
これは、ヒトを惹き付ける"魅力"と呼ばれるものなのかもしれないな」
不思議な話になっているが、それが何かは俺にも答えられない。
思い起こしてみれば、子供の頃から人を惹き付けていたようにも思える。
俺を中心として集まってくるような感覚は気のせいで、そうさせるのは別の影響だと思っていたが、もしかしたらその考えそのものが間違っていたんだろうか。
いまさら言っても答えなんて出ないだろうな。
思わず笑みがこぼれながら、俺たちは話を続けた。
 




