御者と護衛
その後、クーネンフェルス冒険者ギルドマスターのベッカー宛に報告書をこの場で書かせてもらい、軽く雑談をしながら人を待っていると扉が軽くノックされた。
どうやら、今後お世話になる方がやってきたようだな。
静かに叩かれた扉の向こう側へ、フォルツは応えた。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは想像していた人物とは違う若い女性。
薄い茶色で日の光に照らされると輝くような不思議な色を持つ髪。
肩まで伸ばした彼女は気品を感じさせる、冒険者にはとても見えない外見だ。
身長は172センチくらいだろうか。
ほっそりとした痩せ型に見えて、バランスよく筋肉もあるようだ。
20台前半の大人びた顔立ちの女性で、ふわりとした印象があるリージェに意志の強さを少しだけ鋭く持たせたかのようにも見えるが、やはり彼女が冒険者だと言われても納得する人は少ないと思える上品な美しさがあった。
もっとも、彼女の内に秘められた強さの根幹は凄まじいものを感じた。
間違いなく、複数のギルドマスターが認めるほどの実力を兼ね備えた凄腕だ。
別れた当時のディートリヒたちなら、ひとりで圧倒できるほどの強さを感じる。
馬車を引くこともあり、黒寄りのこげ茶色をしたローブを身に纏っていた。
フードがついているので雨の日でも移動に支障はなさそうだな。
「彼女がこの町から迷宮都市までの御者を務めます」
「はじめまして、トーヤさん。
いえ、ここではヴァイスさんと呼ぶべきでしょうか。
私はリーゼル、発掘や探索依頼を主に請け負う冒険者です。
バウムガルテンまでの経路は御者として同行しますが、私自身も戦えますので、魔物と遭遇すれば参戦させていただきます。
実力については道すがらご確認ください」
随分若く見えるが、それなりに経験のある冒険者なのは目を見れば分かる。
どうやら相当の使い手を案内役に選んでもらえたようだ。
「彼女はこう見えて、ランクS冒険者のひとりです。
そして実力、人となり、家柄共にヘルツフェルト冒険者ギルドでも保障します。
護衛役としてもお力になれると思いますので、どうぞ安心して迷宮都市まで向かってください」
「みなさんのことはベッカーさんからの手紙でおおよそ把握しています。
決定ではありませんが、交渉の場にも同席させていただく可能性があります」
「……なるほど。
それで商国出身の、それも柔らかい表情をする女性が同行するんですね」
その言葉に目を丸くするフォルツ。
それほど深い推察でもないと思うんだが。
さすがに商家のご令嬢は教育が行き届いているようだ。
表情だけでなく声色すら揺るがさずに訊ねた。
「なぜお分かりになられたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「言葉遣いとギルドから信頼された家柄という点、だろうか。
そもそも冒険者をしてる者が丁寧語を話さないと聞いてるし、何よりも貴族との交渉のテーブルに気品すら感じさせる立ち振る舞いをする女性を同席させる理由はひとつだ。
それに護衛も請け負えるほどの実力を持つ女性冒険者をつけるのも、それくらいしか俺には思いつかなかった。
となれば、自ずと結論は見えてくる。
商国の、それも貴族を相手に商売をする貿易商の娘、といったところだろう?」
答えを聞かなくとも確定だと思っている俺に、彼女は美しい笑顔で答えた。
先ほどからの作り笑いじゃなく、これは本心から表情に出しているようだな。
「聡明だとは伺っていましたが、そのご慧眼には感服します。
お察しの通り、私は隣国にある商家の出で本名をリゼットと申します。
父は商国でランベール商会を経営している貿易商です」
「……ランベール商会……。
……そうか、それで偽名を使っているのか」
「はい」
笑顔で答えるリーゼルだが、これはそう軽々と言葉にしていいものじゃない。
間違いなく彼女は俺たちに好意的な印象を持ち、事件解決に力を貸してくれると確信できた。
そう思わせるだけの信頼を、彼女は俺たちに示してくれたんだな。