いい友達に
美しい刀と並んで置かれた鞘に手を伸ばすと、その異質さに気づかされた。
刀身ばかりに意識が向いていたせいで、気配を探ることすらしていなかった。
「紫檀に漆を塗ったものか。
……何か鞘自体に付呪が施されているな」
右手で触れてみて、それを実感する。
刀を構えるように鞘を持つ。
まるで鋼鉄製の棒にも思えるが、その重さはまったく感じない。
これは紫檀でありながら、付呪による軽量化がされてるのか?
紫檀製の鞘なら、それなりの重さを感じるはずだが……。
「それってつまり、ただの鞘じゃないってこと?」
「そうだろうな。
これ自体が武器にすらなるほどの強化がされている。
……なぜこんな仕様にしたのかはわからないが、これにも意味があるはずだ」
「武器とするならば、剣の方が強いのではないか?」
「恐らくはそれが問題なんだと思うよ」
「どういうことだ?」
問い返すレヴィアに俺は答えた。
試し切りなんてしなくても分かることだと思える答えを。
「この刀身は鋭すぎるんだ。
どれほどの切れ味があるのかも分からないが、それを抑えるために鞘が作られたんだろうな」
そう言葉にしながら俺は刀を持ち、鞘に収めた。
すると、その変化に子供たちでも気がついたようだ。
「……あ。
重ったるいような空気がなくなったね、ごしゅじん」
「ほんとだ。
なんか、威圧みたいなのが出てたのかな?」
鞘から軽く抜いてみると、まるで漏れ出るように濃密が気配が溢れた。
「……重苦しいほどの気配が広がりますね。
この鞘にはそれを抑える効果があるのでしょうか?」
「……まぁ、それだけじゃないとは思うが、問題はそこじゃないな」
「なるほど、たしかにそうだな。
この武器をそう易々と抜き放てば要らぬ火の粉が降りかかるだろう。
周囲をまるで威嚇するかのような気配を出すことは避けた方がいい」
「それでいいんだよ。
修練を重ねて使えるようにはするが、それ以外は通常の剣で戦うよ。
これを造った男も、振りかざすような扱いなんて好まないはずだ」
再び鞘に収めると、気配も落ち着きをみせた。
現段階ではとんでもない武器としか思えないが、これを使いこなせなければ製作者に笑われそうな気がするな。
そんなことを考えていると、フラヴィはどこか嬉しそうに話した。
「このこはおよめさんなの。
ずっとずっといっしょがいいの」
「そっか。
……うん、そうだね。
この子には奥さんが必要なんだね」
「うんっ」
……ギラついた気性の夫を力で押さえ込むできた妻としか思えなくなってきたが、あえて突っ込むこともないだろうな。
少なくとも、鞘に収めていれば刀も落ち着くみたいだし、それでいいとするか。
「そういえばさ、ルートヴィヒさんはどうして剣を持ち帰らなかったのかな?」
「恐らくは、持ち帰る資格がないと思ったんじゃないか?
持ち歩くなら十全に扱える者じゃないと振り回されるだけだからな。
半端な剣の技術しかないなら、これほどの武器は持たない方が懸命だと思うよ」
「……そっか、すごい剣だもんね。
自分には扱いきれないなって思ったのかもしれないね」
「それにルートヴィヒの性格も考えると、造り手の意を酌んだとも思える。
大切な"想い"に彼が気づかないはずもないし、売り払えなかったなんて手記には残していたが、これがどういう武器なのかも十分に理解していたはずだ。
この刀はここに眠らせておくことが正しいと、彼は思ったんだろうな」
刀の製作者もそうだが、ルートヴィヒとは性格が合いそうな気がする。
同じ時代に生きていれば、いい友達になれたかもしれないな。




