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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十一章 長い夜
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暗く長い夜

 長い長い通路の先を抜けた先。

 ただ指示された方向へ進むだけで道が開けるという、とても謎とは言えない仕掛けを突破した俺たちは、ようやく目的となるものを目にする。


 広い空間がそこには造られ、天井は10メートルほどもありそうだ。

 壁も天井もすべてが丁寧に削られているようで、壁面には明かりを放つ不思議な石が等間隔で埋め込まれ、その光景は光を感じさせる神殿を連想した。


 部屋の中央にある台座へ奉納されるような一振りの武器。

 黒檀(こくたん)で造られた黒の台に鞘が外されて置かれていた。

 その右側に用意された小さな石碑には、一言だけ添えるように日本語が残されているようだ。


「……"我が同胞に半身を託す"、か……」


 重い言葉だ。

 俺には背負いきれないほどの。


 だが、それでも俺は、()の意を酌みたいと思えた。

 そうすることで彼が望んだ未来に少しでもなるのなら、持ち帰らないという選択は選べそうにもなかった。


 しかし、並外れた完成度の武器であることも間違いじゃない。

 それを肌で感じ取っていたレヴィアは小さく言葉にした。


「……ふむ。

 ただならぬ気配を剣から感じるな」


 レヴィアの言葉に息を呑む子供たち。

 祀られたかのような姿に、ブランシェでさえも言葉を詰まらせた。


 すらりと伸びた特有の細い曲線は、この世界では恐らく細剣に分類される。

 こんなか細い武器は何の役にも立たないと、鼻で笑うやつもいるだろう。


 ……そんなわけがない。

 これほどの威圧感を物から思わせるなんて、俺は体験したことがない。

 いっそ恐ろしくすら思えるほどの何かを全身にビリビリと触れるような感覚。

 これまでの短い経験上では形容しがたいとしか、言葉が出てこなかった。


 それでも、確実に理解できたことがある。

 呟くように出した言葉に、みんなの緊張感が高まった。


「……あぁ、わかるよ。

 ……これが彼の集大成、"魂の結晶"なんだな……」


 触れられるほどの近くで足を止めてしまうほどの気配を放っている。

 これは間違いなく人の手で造り上げた凄まじいものだ。

 鍛冶師(・・・)の彼が造り上げた、彼の生涯においても"最高傑作"だ。


 刃長は約70センチ、直刃(すぐは)にも見えるが小乱れの刃紋に、鋼はこの世界の鉱石を使っているのか"深い夜空"を思わせる濃紺の材質に美しさを強く感じさせた。

 長船派長光(おさふねはながみつ)を連想させるが、恐らくこれはそれ以前の古備前派(こびぜんは)か。

 大きい曲線が特徴的な太刀とは違い、僅かに弧を描く姿は上品さすら思わせる。

 太刀が主流の中、打ち刀が出始めた時代に生きた男の作なのかもしれないな。


 古備前派の刀は贈答用として珍重されたとも聞いたことがある。

 しかしこれだけの鋭さを感じさせるものが、そんな扱いをされるはずがない。


 まず間違いなく戦うために造られた、一級品の打ち刀だ。


「……とっても綺麗な剣……。

 まるで夜空を切り取ったみたい」


 エルルの例えは言い得て妙に思えるが、刀に込められた意味は異なる。

 石碑に詳細は一切なく、鑑定スキルにより判明したその銘は、エルルが言葉にしたものとは真逆とも思えるものだった。


「……"無明長夜(むみょうじょうや)"。

 いつ明けるのかも分からないほどの暗く長い夜、か……。

 ……この刀を打った鍛冶師は苦悶の中、自問自答を繰り返していたんだな。

 何が正しいのか、どの道が正しかったのか。

 そのひとつの答えとして、全身全霊を込めて打ち上げたもの。

 迷いの一切を断ち斬るかのような洗練された美しさと、銘につけた彼の繊細な精神を投影させた、言ってみれば矛盾にも思えるふたつの想いを込めた打ち刀なんだな」


 名前も知らない彼は、俺と同じような年齢でこの世界にやってきたんだろうか。

 何年も、何年も世界を歩き、共にすごした旅の仲間に裏切られ、それでも世界を呪うことなく悪意を向けた者だけを敵と認識していたのかもしれない。


 そうでもなければ、これほど美しい刀を打ち上げられるはずはないからな。

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