何の感慨もなく
お宝を回収し終えた俺達は、捕縛して檻に放り込んだ奴らの確認へ向かった。
どうやらボスもようやくお目覚めらしい。
まるで射殺さんばかりに俺を鋭く睨みつけていた。
こんな体験もしたことがない俺にとって、明らかに異常な視線を向けられているんだが、不思議と何も感じることはなかった。
まぁ、あれだけ盛大に馬鹿を晒して負けた輩を目にしているんだからな。
相手に何を思われようと、何の感慨も感じないものなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、転がるボスは何か俺に用事があるご様子だった。
「……テメェ……どういうことだ……。
能力を隠して戦ってやがったなッ!!」
その言葉に俺の思考は止まる。
いったい何を言ってるんだ、こいつは。
想像していなかった問いを投げかけられた。
「何を言っているのか、まったく理解できないな」
「あぁッ!? 不意打ちしなきゃ勝てねぇザコがいい気になるんじゃねぇッ!!」
ボスの言葉にようやく理解できた。
どうやら格好だけじゃなく、頭の中身まで随分と愉快な思考を持つらしい。
深くため息をつきながら、俺は話す必要もない駄弁を弄する。
「確かに俺達は不意打ちをしたが、それが何だって言うんだ?
お前らは人を襲う時、正々堂々と略奪するのか?
面と向かって『これから襲いますよ、いいですか?』とでも言ってるのか?」
「「――ぶふッ!」」
苦笑いのライナーとエックハルトを横目に、フランツとディートリヒは笑いを堪えられなかったようで、斜め下を向きながら体をぷるぷると震わせた。
みるみる目の色が変わるボスを見たライナーは注意を促す。
「……あまり挑発しない方がいいのでは?」
「問題ない。簀巻きで"出荷待ちの商品"になって初めて、自分が何をしてきたのかを足りない頭でも理解できるだろう。
そんな知能すら持ち合わせていない猿の可能性も俺は捨てきれないが。
おっと、猿は同族をむやみに殺さないと聞いてる。猿に失礼な発言だったな」
激しく恫喝しているようだが、俺の耳には醜いさえずり程度にしか聞こえない。
何の覚悟もなく、自分が襲われ、負ける可能性すらも考えていなかった馬鹿が何を言っても、俺の心にはまったく届かないだろうな。
虫のように地べたを這うボスを見下ろしながら、無表情で言葉にする。
「お前は俺をガキと見るや、舐めてかかった。
相手との力量差も分からず、下卑た笑みを浮かべながら戦いを楽しんだ。
弱者をいたぶるような愉悦に浸り、魔導具を使うタイミングも見誤った」
それが演技だと気付くことなく、この男は馬鹿を晒し続けた。
それにすら未だ気がついてない程度の相手に俺が負ける要素はない。
「俺が警戒していたのは、お前の剣技じゃない。
これまで見たこともなかった魔導具の効果、それだけだ。
そんなことも分からずに、お前は勝てもしない戦いで踊り続けた。
敵に話す義理なんてこれっぽちもないが、これがお前の敗因の一部だ。
正直、負ける要素だらけで逐一説明するのも億劫なんだ。
人にばかり訊ねてないで、少しは自分の足りない頭で考えろ、道化」
ぎりぎりと歯軋りしながら額に血管を浮かばせ、睨み続ける男。
「親切ついでにもう少し教えといてやる。
お前が持つ魔導具は、俺には通用しない。
石ころを放った程度で倒せるほど俺は弱くない」
それがたとえ魔導具から出したものであっても、練度の差は色濃く出る。
それは威力うんぬんの話ではなく、単純に魔導具を使うタイミングだ。
道具を手に入れて使うだけで強くなれるなら、誰も苦労はしない。
この世界の住人でありながら、こいつは気付きもしなかった。
おもちゃを手にしただけで喜び浮かれる。
どっちがガキなのか、分かったもんじゃない。
「確かにお前は弱くない。
だがそれも剣の腕に限ってのことだ。
使いこなせない魔導具を手に入れていい気になったのも敗因のひとつ。
そもそも最初に俺の抑えた気配を察していれば、もっとまともに戦えたはずだ。
お前が出会いがしらに取った言動で、戦いはもう終わってたんだよ。
まぁ、そんな程度だ。お前の策とも言えない稚拙な行動の数々は」
「――のッ!! クソガキが!! 殺してやる!! 必ず殺してやるッ!!」
剥き出しの悪意を放ちながら、怨念を込めるように歌を口ずさむ。
こんなにも醜く汚い歌声を聞かされたのは生まれて初めてだな。
目の前に転がりながらもこちらに這い寄る男が哀れに思えてきた。
こいつはまだ、自分の置かれている状況が理解できていないらしい。
「お前の残念な頭じゃ何度やっても俺は殺せない。
それにお前にはもうそんな機会は二度と来ないんじゃないか?
何人も殺した盗賊ってのは、町へ連行すれば処刑されるんだろ?
ならその好機は今において他にないことすら理解できていないのか。
さっさと縄をご自慢の腕力で引きちぎって、檻ごと俺を殺しに来たらどうだ?
俺ならこんなだらだらと話している間に行動し、とっくに終わらせてるぞ」
「お、おい、あまりそいつを挑発しすぎるな。
万が一にも逃げられる可能性だってゼロじゃないんだぞ?」
「それも問題ない。
先日聞いた悪党の色が、俺にもはっきりと分かった。
こいつから慈悲を与えられることは絶対にない。
捕まれば最後、女性は穢され男性は殺される。
運が良ければ売り飛ばされるが、その先に待っているのは地獄しかない。
ここに転がる男は、俺が今まで出会ったことのない最悪で醜悪な輩だ」
だからこそ俺は、かごの中に転がる男へ挑発をし続ける。
ゼロじゃない可能性を叶えたとして俺に報復するつもりなら、次は容赦しない。
俺は少し前まで、この世界の住人に奥義は使えないと思っていた。
しかし、どうやらこいつら自身の存在がそうはさせないのだと理解した。
捕まっても逃亡し、その先に報復をしようとするのなら俺は確実に放つだろう。
なんのためらいもなく、無慈悲に、その体を両断して命を摘み取るだろう。
這い寄りながら何かをさえずり続ける駄鳥の胸倉を掴み、鉄格子へ叩きつけるように引き寄せ、間近で鋭く睨みつけながら冷酷な威圧を込めて低く言葉にした。
「お前が犯した罪を償わずに逃げ出すのなら、俺が地の果てまでお前を追い詰め、お前という存在をこの世界から確実に消滅させてやる。
お前がこれまで他者をそうしてきたように。
何の感慨もなく、お前の尊厳を踏み躙ってやる――」
青ざめ、小さく悲鳴をあげるボスだった男。
地面に突き飛ばし、俺は見下ろしながら苛立ちを覚える。
この男は弱い者しか相手にしたことがない。
だから強者を知らずに馬鹿を続けられる。
こいつは知らないんだ。
自分よりも強い者がいくらでもいるということを。
恐らくは考えもしないんだろう。
何の覚悟もなく、ただただ愉悦に浸りながら他者の人生をもてあそんだ。
その末路を理解することもできずに、何よりも尊い命を奪い続けた。
だがそれも終わりだ。
視線を泳がせて小刻みに震えるこいつには、もう誰も殺せないだろう。
その程度の男なんだ。
ここに転がる奴は。