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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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誰にもできるわけがない

 今にも泣き出してしまいそうなほどの悼みを感じさせるレヴィア。


 そんな彼女のために俺たちができることなどない。

 それができるのなら、これほどまで深く悲しませてはいないのだから。


 絶望にも思える強い感情は、彼女の心を切り刻んでいる。

 俺たちにはそんなレヴィアを見守ることしかできなかった。


 しかし、彼女の想いを伝えようとも、何も好転しない。

 それは詰まるところ、自分達の行いを否定することになる。

 そう簡単に認めているのならば、最初からこんな非道は行われていない。


 連中から溢れ出す強い悪意に嫌気が差す。

 こいつらからはそれしか出てこない。

 たとえ心が揺らいだとしても、改心されることは絶対にない。


 それをすべて分かった上でレヴィアは言葉にしている。

 だからこそ彼女は深く悲しみ、コルネリアを想う。



 後悔とは、その多くが随分と後になってから気がつくものだ。


 あの時こうしていれば、ああしていれば。

 そう思わずにはいられず、思ったところで変えることなど誰にもできはしない。


 人であろうが、龍であろうが、そんなことは誰にもできるわけがない。

 耳に届く不快な音が溢れる中、俺はどうしようもなくやるせない気持ちでいた。


『人は、人の命はたったひとつの掛け替えのない、とても大切なものなのに……』


 ふとエルルの言葉を思い出す。

 それは、とても優しさに満ちている言葉。

 自分ではない誰かを想う尊い心だった。


 それが正しいと思える俺たちには、今回の一件を理解することなんてできない。

 生涯をかけて理解しようと努力しても、結局は無駄に終わるだろう。


 罵声のような言葉で彼女の存在そのものを否定されるレヴィア。

 内容はどうでもいいものとしか思えないが、それでも彼女は冷静に言葉を紡ぐ。


 その結果どうなろうと、俺の知るところではない。

 しかし、それでも彼女は、目の前にいるヒトの形をした何かに語り続けた。


「我が水龍である証拠を見せる前に、ふたつ言っておくことがある。

 ひとつは、ヒトの子がフェルザーと呼ぶ湖へ我は戻るつもりがないこと。

 そうなれば水質は通常の湖へと戻り、現在のような透き通る輝きを失うだろう。

 そしてふたつめ、湖に我がいないと知った腐龍が再び戻る可能性があること。

 他の水龍は既に安住の地を見つけているし、我がいちばん幼い水龍である上に、最低でも向こう200年は新たな水龍がやってくることはないはずだ。

 力を蓄えた腐龍に我は勝てぬし、これ以上この周辺と関わるつもりもない。

 その旨も、ヒトの子が定める法を遵守する者たちへと伝える。

 それをその身に受けさせることで、コルネリアとその両親への贖罪としよう」


 淡々と言葉を続けるレヴィアだが、その内心は激しく揺れていた。

 本当ならば今にも噛み殺してやりたいと思っているのだろう。

 そういった激しい怒りの感情を無表情のまま押さえ込みながら話していた。



 これは温情にも思える彼女の優しさだ。

 俺ならこいつらをぼこぼこにした上で、憲兵詰所に放り込んでいただろう。

 本音を言えば、そうしないことに思うところはあるが、これはレヴィア自身が決めるべきことだと思えてならなかった。


 この一件は、コルネリアを知る彼女だからこそ託すべきだと。


 それが正しいのか、なんてのはどうでもいいことだ。

 大切なのは自分がどうしたいのか、そしてどうするべきなのかを考え、自分が正しいと思える道を進むことだと俺は思う。

 当然そこには、他人の想いをしっかりと加味した上で行動しなければならないが、それができるかできないかで善人と悪人とが明確に分かれるんだろう。


 だからこそ"教育"が必要になるんだ。

 そして頭だけじゃなく、心と体も鍛える必要がある。

 物事を冷静に見極め、それを実行できなければ、きっと人を不幸にするから。


 人は、心も体も弱い。

 すぐに楽な方へ流れてしまうほどに。

 そのために、自分を鍛えることが必要になるんだ。


 それを教え、心の支えになり続けてくれている父と流派に感謝しながら、こちらに向かって投げ渡したレヴィアのローブに俺は右手を伸ばした。

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