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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第十章 人ならざるもの
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おぞましい存在

 俺の言葉に取り乱す様子を見せない(・・・・)村人ども。

 その姿は、人であるとは思えない瞳の色をしていた。


 まるでどす黒く変色したかのような眼球にも思えるそのおぞましさに、フラヴィとエルルは顔面蒼白で強く震えながらも手を繋いで寄り添う。

 とても言葉では表せない連中の姿に、俺たちがいる場所すら間違えているとも感じさせる異空間に思えてならなかった。



 宗教とは、時として人を不幸にすることがある。

 その教えがすべてを正当化するように、非道を道理だと判断させる。

 それを証明するかに思える、おぞましい人の姿をした何か(・・・・・・・・)


 ここは、この場所は、俺たちのいるべき世界じゃない。

 それだけは確かだと思えた。


 しかし、事はそう単純な話で解決できるものでもないと思い知らされた。

 その問いの答えとして出できたものに、俺は恐怖の感情しか湧いてこなかった。


 表情にすら出さず、感情すら込めず。

 まるで深淵のような闇を連想させる瞳で淡々と言葉にする。

 そんな恐ろしい存在に恐怖しない者はいないだろう。


「どこにもおらん。

 一度村に戻ったコルネリアを生贄として捧げることに最後まで拒んだのでな。

 再三に渡る忠告を無視し、あまつさえ水神(みずがみ)様を蔑ろにして村を去ろうとした。

 今頃はコルネリアとは別の世界を彷徨っとるじゃろ」


 ぞわりと神経を逆なでされる感覚が全身を駆け巡る。


 なんでそんな恐ろしい言葉を無表情で語れるんだ。

 人とはこうも恐ろしく、おぞましい存在になれるのか。



 ……危険だ。

 こいつらはすでに倫理の外に出すぎている。

 このまま放置しておけば、必ず同じことを繰り返す。

 今度はロクに話し合いをすることもなく、非道を笑顔のままで。


 しかし同時に、これ以上は憲兵に任せるべきだとも思えた。

 正直俺たちにはもうどうしようもない領域に足を踏み入れてしまっている。

 そんな連中を咎めるどころか、改心させられるとはとても思えない。


 一刻も早くこの場所を離れた方がいいかもしれない。

 こんな村、いるだけで子供たちに悪影響を与え続ける。


 そう判断すると同時に、レヴィアは俺の前に出て言葉にした。


「ここからは我が受け持つ。

 すべての責任も我にあると理解してほしい」

「……何をする気だ?」

「問題ない。

 少々昔話をするだけだ。

 (ぬし)も後ろへ下がるといい」

「……わかった。

 後は任せる」

「ああ」


 静かな怒りを押さえ込みながら、レヴィアは俺から2歩ほど足を進めた。

 ローブを纏った見目麗しい女性にしか思えない彼女に、連中は首を傾げる。


 彼女がしようとしているのが正しいことなのか、俺には判断がつかない。

 それでも、そうしたいと思える彼女の気持ちは理解できる。


 そんな彼女の優しさと強さを肌で感じながら、俺は子供たちのもとへ向かう。

 同時にフラヴィとエルルが抱きつこうとするも俺の言い付けを守り、服に触れる直前で気持ちを押さえ込んだ。

 可愛らしく思えるその姿に微笑みながら俺はふたりを抱き寄せ、優しくなでた。

 俺の行動に驚いた様子はすぐになくなり、瞳を閉じて俺の服を強く掴んだ。


 背後から聞こえるレヴィアの声に耳を傾けながらも、ふたりの心を落ち着かせることを優先した。


「我も、話をせねばならんようだ」

「これ以上何を話すと言うのだ」


 言葉を交わすだけでレヴィアの心がざわりと揺れ動かされるも、彼女は気丈に立ちながら話を続けた。


「我は、人ではない。

 ヒトの子がフェルザーと呼ぶ湖に住む水龍だ。

 しかし、ヒトの子が崇拝する神でもなければ贄を要求したことなど、1500年以上の時を生きる我であろうと、一度たりともないと断言する」


 静かに発せられたレヴィアの言葉は、連中の心を激しく揺さぶった。

 これまで信じてきたものが根底から引っくり返される心境なのかもしれないが、正直なところそんな気持ちは俺たちの知ったことではない。


 驚愕した様子でジジイが言葉にするも、それすらも俺にはどうでもよく思えた。


「……な……何を……言っているのだ……。

 ……水龍……? フェルザーの湖に住まう?

 それでは……まるで……」

「再度言葉にする。

 我は神ではない。

 そう名乗ったことすらない。

 そして、コルネリアの死に嘆くものだ。

 この意味を理解できるだろうか?」


 あるのはただの事実。

 レヴィアが連中の崇拝する神ではないこと。

 そして、コルネリアの犠牲に彼女は深悼(しんとう)していることだけだ。


 だが、彼女は言葉を続ける。

 そしてそれは俺たちも知らない、かつてあの湖であった真実。

 おおよそ人では体験できないと言いきれる、凄まじい内容のものだった。


「だが、人を捧げさせていた存在を、我は知っている。

 ……いや、これ以上ないほど強く嫌悪していたのでな。

 これまで記憶から排除していたと言った方が正しいか」


 レヴィアは言葉にする。

 おぞましくも汚らわしい存在の名を。

 そしてそれこそが、こいつらの崇拝していた神の正体としか思えなかった。


「かつてあの湖は、"腐龍"の縄張りだった」

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