特別な場所
俺たちに水中での悪影響が出ていないことを確認し、水龍は湖底を目指した。
ある程度水の抵抗は残るみたいだが、これなら戦うこともできそうだ。
まるで地上にいる時のように呼吸もできるが、気泡はでなかった。
どことなく安心感を覚えるこの不思議な感覚は、子供の頃どこかで感じたことがあるような気がした。
水の中ってのは、そういったことを感じさせる場所なのかもしれない。
水龍が使った加護は、体を水に適応させる能力なんだろうか。
水圧の変化も感じないようで、耳が詰まることもなかった。
どこまでも澄み渡る美しい水質に、まるで別世界にいるようだと思えた。
本当にこの湖は特別な場所なのかもしれないな。
ふとそんなことを考えていると、ようやく気がついた。
「……そうか、水龍は水質を綺麗にする能力を持つんだったか」
≪そういった場所を我らは住処として好むからな。
正確には自然と汚れた湖を浄化しているだけになる≫
……ろ過装置みたいな能力か。
それはそれですごいし、結果的にこれだけ綺麗な水質を誇るわけだから、これもある意味ではチート級の力になるんだろうな。
≪……さすがにこれほど住みやすい環境にするには百年の歳月をかけている。
水を腐す者もいなくなったとはいえ、我が湖を離れることになれば水の泡だが≫
「――ぷはぁっ!
……あれ? 息できる?」
「……エルルお姉ちゃん、息を止めてたの?」
「……もしかして、あたしだけだった?」
白い目を向けるブランシェに戸惑うエルル。
その気持ちも分からんではないが、水中でも呼吸ができると聞いていたはずだ。
そもそも俺が会話していたことにも疑問を思わなかったエルルにどこか安心感を覚えるのは、ようやく年齢相応にも思える言動が見られたからかもしれないな。
「きれいなおみず。
やっぱりこのみずうみ、すごくすき」
「その恩恵を得て大きくなった私にとっても、この湖はとても特別な場所です」
「地面から水を吸ってたんだっけ、リージェお姉ちゃんは」
「ええ、そうですよ」
すごい会話を笑顔でさらりとするブランシェとリージェ。
その内容はなるべく人前ではしないようにと以前から話をしていたが、こと水龍の前では問題にならないだろう。
そもそも彼自身が特質的な存在だし、口も堅そうだ。
だが、そんな彼をもってしても、疑問に思わないはずもない。
その問いが自然と出るのも当然だった。
≪……ふむ。
何やら首を傾げるような言葉が飛び出しているな。
先ほどから気にはなっていたが、リージェはやはり人ではないのか≫
「私は大樹から生まれた存在なので、純粋な人とは違うと思います。
本来であればその場を離れることすらできませんでしたが、トーヤさんのお力添えもあり、今はこうして旅を楽しんでいるんですよ」
水龍の問いに笑顔で答えるリージェ。
……思えば、彼女はどういった種族になるんだろうな。
やっぱり精霊に近しい存在になるんだろうか。
答えの出ないことだらけの不思議な仲間達が多いパーティーだが、ディートリヒたちと別れた当時は想像もしていなかったな。
力を込めて孵化させたフラヴィと純粋な魔物であるブランシェのふたりも、厳密に言えば違う存在かもしれないし、リージェも自分がなぜ生まれたのかですら考えたこともないと話していた。
ある意味では水龍と同じで、そこにあるだけの存在なのかもしれない。
俺からすれば生まれた理由なんてどうでもいいし、どんな存在かも関係ない。
ただ俺は、俺が一緒にいたいと思えるひとたちといるだけだ。
それがたとえ魔物と呼ばれる存在だろうと、何の問題にもならないんだけどな。
そういった意味で言うなら、純粋な人間はエルルだけか。
あまり考えたこともなかったが、俺の周りにはヒトと違う存在が多いみたいだ。