諦めようぜ
こちらを4人は言葉にならないといった表情で見つめているが、残念ながら俺にその選択はない。
そんな瞳をしていたら、呆れた様子でディートリヒは訊ねた。
「……気持ちは変わらないのか?」
「ああ。これといって育てない理由が思いつかない。
というか、この卵って相当高いものなのか?
卵の状態で入手できること自体、稀なことみたいだし」
「まぁ、大きめの家が一等地に買えるくらい高価だって聞いたことがあるぞ。
魔物の卵なんてまず手に入る代物じゃないし、欲しいって奴はいくらでもいる」
「卵を養殖する場所があると聞きましたが、それもどこかの王族や大貴族が抱え込んでいるでしょうし、一般的には出回るものじゃないと思いますよ。
先ほども言いましたように正規の手続きではほぼ手に入らないので、非合法の組織から欲しい魔物の卵を購入する人もいるらしいです。
偶然に手に入った卵を育てるのは問題がありませんし、出所を訊ねられることはあっても今回の場合は犯罪行為にあたりません。
……産まれた魔物が何か問題を起こせば、すべて自己責任になりますが……」
「なら、育ててみるよ」
即答した俺に、彼らは再び大きく息をついた。
合法的に盗賊が手に入れたものではないとしても、今回のようなケースの場合は冒険者の自由にできる。
それがたとえ強大な力を持つ巨大ドラゴンであろうと変わらない。
しかし販売経路がないのだから、また別の問題も出てくる。
思わず呟くように言葉をもらした俺にディートリヒは答えた。
「一般的には売買ができない。
……逆に言えば、処分に困るものってことか」
「そうなるな。
裏の世界じゃ豪邸が買えるどころか法外な値段で取引されてるって話だが、俺らは知らないし、そういった組織とは関わらない方がいい」
ろくなことにならないからな。
そう彼は言葉を続けた。
「まぁ、中身が分からないから売れないと思うし、大丈夫だろうけどな。
で、どうする? 育てるか? ……捨てるって選択もありだと俺は思うぞ」
「余計育ててみたくなった。むしろ高価な卵は無駄にしちゃいけないだろうな」
「……あー、ダメだこりゃ。本気で育てるつもりだぞ、ディート。諦めようぜ」
「はぁ……分かった。もう反対しない。言っても聞きそうにないしな。
だが、お節介ついでにもう少し話を聞いてもらうぞ」
ふぅと一息つけながら、とても真剣な面持ちで言葉にした。
「魔物の卵を見つけて、それを自由に育てるのは問題ない。
あくまでも金銭での売買が禁止されてるだけだし、所有権は俺達にある。
どうするかはお前に一任するよ。自由に選べばいい。
その選択も、自由が約束された冒険者の選べる道だからな」
どこか呆れたような声色で言葉にしながらも、彼は強めの口調で話を続ける。
「でもな、トーヤ。
言うことを聞くのも、それは魔物がある程度育ってからになるらしいぞ。
詳しくは町の図書館で調べることを勧めるが、それはいい。
魔物が成長するまで、ほったらかして町には入れなくなるんだ。
知能が低いままだと命令を聞かない可能性が高いから、人を襲いかねない。
そんな存在を連れていれば、衛兵は危なくて街門を通してくれないだろう。
魔物は犬や猫とはまったく違うんだぞ? ちゃんと育てられるのか?」
「…………なんだろう。ディートリヒが父親みたいに見えてきた……」
「お、気が合うな、トーヤ。俺も今、同じことを思ってた」
「僕の父からもそう言い聞かされたのを思い出しました」
「とても大切な命のお話ですからね」
うんうんと首を縦に振りながら話し合っていると、呆れた様子で返された。
「お前らまで……。
真面目に話してるんだ、茶化すなよな。俺はこう言いたいんだ。
『手が付けられなくなったら、お前の手で殺せるのか』ってな。
自分の手で育てた魔物に愛着を持つ可能性もあるらしい。
その覚悟を持ってないと後々しんどいぞと言ってるんだよ。
……トーヤなら言ってる意味が分かるだろ?」
彼の重みを帯びた言葉に、少しだけ空気が変わった気がした。