散歩してるみたい
暖かな風が身体を抜けるように当たる中、俺たちは遺跡を目指して進んでいた。
小船ごと頭に乗せて湖を泳ぐ彼は、認識阻害を俺たち全体にも使っているみたいだが、ドーム状の透明な膜のような何かを視認できる程度には見えるようだ。
あくまでも不可視ではなく、認識を阻害させるだけらしい。
とはいえ、五感から得られる情報の約9割はまず視覚からと聞いたことがある。
それを阻害させる効果を持つだけでも、すさまじい能力ではあるんだが……。
こんな状態を視認すれば、それは神と思われても仕方がないのか。
さすがに正確なことは分からないが、当時の連中にはそう思えたんだろうな。
この考え自体も、様々な情報を創作物の中から知っているからか。
こういったところにも異世界との差異が違和感として思えるものかもしれない。
そんなことを考えながら子供たちの方へ視線を向けると、思いのほか楽しんでいるようで安心した。
「わぁ!
すごいすごい!
はやーい!」
「かぜ、きもちいいねっ」
「うん!
それに湖をお散歩してるみたいだね!」
「ふふっ。
みなさんと一緒にいると、本当にたくさんのことを体験できるようですね」
……水龍の頭に乗って湖を移動するのは、普通の冒険じゃありえないぞ。
そう言いかけて、俺は口を噤んだ。
とても楽しそうな子供たちとリージェの気持ちに水を差したくはないし、いま俺自身が体験していることは生涯かけても味わえないと思っている。
まさか違った形でドラゴンに乗りながら冒険ができるとは思っていなかった。
ある意味ではこれぞファンタジー世界と言えなくはないんだが、そんな気分でもない状況だし、この先に待ち構えている事態を考えれば気が重くなる。
……正確に言えば、戻った時の話になるんだが。
「それで、あんたはどうするんだ?」
≪ふむ?
どう、とは?≫
「このまま放っておくわけにもいかない事態なのは間違いない。
人になれる可能性があるなら試してみるのも悪くないと思うんだが、もしそれを実現すれば、あんたが想像している以上に世界へ影響を与える可能性がある。
明確な不可侵協定ではなかったとしても、他の龍が騒ぎ出すことも考えられる」
≪……それは考えていなかったな。
単純な話、儀式をやめさせることと、自由に移動ができる程度と考えていた。
龍種に限って言えば、過度な干渉を避けるのは龍の姿だからだろう。
他の龍が騒ぐような問題にはならないと我は思うぞ≫
まぁ、こんなに体がでかいと木々を薙ぎ倒しながら進むしかできないし、人の姿になれたら自由に移動ができるって考え方は間違いじゃないんだろうけどな。
それでも彼は気がついていないみたいだ。
その可能性について話した方がいいかもしれない。
「何が起こるか分からないもので、最悪命に関わることだってあると俺は思う。
並みの存在ではない高位の龍種が小さな人間になろうってんだ。
本当にそうなるかもしれない危険な賭けなんじゃないか?
何も命を賭けてまですることはないと思えるんだが……」
本音を言えば、彼が命をかける必要なんてないと俺は思っている。
彼は何も悪いことをしていないどころか、コルネリアを無事に村へ帰した。
残念ながら悲しいことになってしまったが、それでも彼女を放置はしなかった。
冗談じゃなく、生死を賭けることだってあるかもしれない。
そこまでする必要が彼にあるとは、俺にはとても思えなかった。