もう限界だ
腰を抜かす者、溢れんばかりに涙を溜めてがちがちと歯を強く鳴らす者、中には泡を吹いて失神する者までいるようだ。
そのどれもに強い嫌悪感が心の奥底から湧き上がり続ける。
こんなやつら、斬る価値すらない。
わかってる。
わかってはいるが、それでも苛立ちが収まらない。
少しでも気を緩めると、俺はこいつらを……本気で襲いかねない。
威圧を込めたまま足を一歩前に出すと、震えながらもジジイが何かを訴えた。
お前だけ話ができるように手加減してやってるんだから、ありがたく思えよ。
「ま、待て!
コルネリアは水神様に捧げた!
もう2週間も前のことになる!
だから――」
「だからなんだ、ジジイ。
まだ12日だろうが。
言葉は選んで発言しろ」
「――ヒッ」
声にならない悲鳴を情けなく上げるが、果たしてこんなやつらに慈悲をくれてやるべきか本気で悩む。
だが、それでも、こんな人でなしだったとしても、子供たちの前で非道な扱いはできないし、どんな理由があってもしてはいけない。
それはきっと、家族をとても深く悲しませるだろう。
だから俺はこんなやつにも、余程のことがなければ手を出さない。
……早く出よう、こんな村。
一秒でも長くいたくない。
こんなおぞましい連中から、俺たちは少しでも遠くに離れた方がいい。
「……捧げた場所はどこだ」
「……こ、ここより真西……フェルザーの湖畔……小船が一隻、ある……。
だ、だが、水神様のお怒りは収まったはず……。
その証拠に、歓喜の震えがここまで届いた。
これで村は救われ――」
「――黙れ」
威圧を放ち、言葉を話す獣を黙らせた。
もう限界だ。
これ以上、こんなやつの言葉を聞く必要はない。
次に何か一言でも耳に届いたら、俺はこの場で斬り捨てるだろう。
がたがたと体を震わせながら答えるジジイに、俺は同情の欠片も感じなかった。
それどころか、追い討ちをかけるように冷徹な言葉が出たことに内心驚いた。
「今頃ヘルツフェルトにベッカー氏からの手紙が届けられているはずだ。
お前らが必死にこの村を逃げても街門守護者が見逃がすことはない。
いや、この国にいるすべての町にいる憲兵は、お前らを確実に捕らえる。
たとえ町を避けたとしても、お前らみたいな悪党を逃がすことは絶対にない」
後ろにいるみんなに『行こう』と一声かけ、村の反対側にある門を目指す。
戦意の欠片すら感じさせない連中に向き直った俺は言葉にした。
「憲兵隊が来るまで、自分たちが何をしたのかを考えるんだな」
へたり込みながら虚ろな瞳で震え続けるジジイに何を言っても効果はない。
俺の言葉すら、その耳にはもう届いていないかもしれない。
だが、それでも何か言ってやらなきゃ気が済まなかった。
俺はできた人間じゃない。
人格者でもないし、悪事のすべてを赦すような聖人でもない。
怒りを剥き出しにするようなガキだし、子供を育てられるような大人でもない。
それでも、この子たちに恥じない行動を教えることはできる。
こんな非道なことを平然とした上で、いつも通りの暮らしをしているような悪魔じみた連中と関わりを持つだけで悪影響すら受けるかもしれないが、世界にはこういった恐ろしくおぞましい連中がいるんだと教えておくべきなのかもとも思える。
それが正しいことだとはとても思えないが、知らずに世界を歩き続けるよりはまだ幾分かマシなのか?
そんな都合のいい解釈しかできない俺を、この子たちは軽蔑しただろうか。
いや、この子たちがまだ子供でもしっかりと理解してくれているはずだ。
少なくとも、必要以上に傷つけることがなくて良かったと、ここは思うだけでいいのかもしれないな。




