憤ったところで
気分を悪くしていたのは村に入る前から分かっていたが、どうやら思っていた以上に影響を受けているようだ。
とても辛そうだが、エルルは必死に耐えているみたいだな。
フラヴィはこれまで人の感情や気配に過敏な反応をするところがあったから、今回はそれを拾いすぎたんだろう。
「その子、大丈夫か?
少し休ませてはどうだ?」
村長らしきモノが何かを言っていた気がするが、無視してフラヴィに視線を合わせながら優しい声色で話しかけた。
「こっちを見るんだ」
視線が定まっていない。
どうやら相当強くあてられたみたいだな。
ここはまるで毒沼の中にいるようにも思える。
フラヴィにはこれほど居心地の悪い場所もないんだろうな。
ゆっくりとではあるが、俺と目を合わせたのを確認する。
不安や恐れを通り越して、強い恐怖すら伺わせる感情をこの子は持っていた。
「大丈夫、俺がずっと傍にいる。
俺の気配にだけ集中していればいい」
フラヴィを胸に優しく抱きしめながら深呼吸をさせた。
心音を聞かせるようにすれば、この子であれば思い出すはずだ。
はじめて町に慣れた時に感じた、今はもう遠いあの日にも思える経験を。
少しずつ、フラヴィの心が落ち着いていく。
一瞬、町で待機させるべきだったかと思ったが、それはそれで難しいだろうな。
特にこの子は技術が卓越しているとはいえ、まだまだ子供だ。
宿にでも残そうものなら、泣きながら追いかけてきたかもしれない。
まぁ、俺自身がこの子から離れたくないと思ってるし、フラヴィの泣き顔なんて見たくもない俺にはどっちにしてもそんな選択は選べなかったか。
「大丈夫か?」
「……うん、ありがと」
「いいんだ。
あとでいっぱい美味しいものを食べような」
「……うん」
笑顔を見せるが、瞳の奥は未だ暗さを感じさせた。
不安は拭い去れない。
ずっと抱きしめてあげたいが、今はそうもいかない。
フラヴィにはこの件が終わったら、たくさん甘えさせてあげよう。
…………落ち着け。
フラヴィをこんな気持ちにさせた元凶に憤ったところで意味はない。
そんなもの、こいつらにはまず伝わらない。
ここで怒りを爆発させれば、話は聞けないんだ。
立場上、ギルドから正式に依頼を受けた冒険者であることを忘れるな。
「……いくつか、聞きたいことがある」
重々しく低い声色が自然と口から出た。
ドスを利かせたことで、村人がざわつき始める。
そのすべてに強い憤りを覚える。
こいつらが何を考えて生きているのかですら、俺には理解できない。
いや、分かる必要なんてない。
こんな連中の意見を聞きたくもない。
しかし、それでもこいつらから話を聞かなければならない。
……だから、これ以上、俺を怒らせるな。
しばらくの時間を挟み、小柄な老人が答えた。
それに対し、俺は即答で返す。
「……なんじゃ?」
「コルネリアをどうした?」
そのたった一言で、空気が一変した。