小さな木箱
洞窟の一角に集められたお宝をインベントリに放り込んだ俺は、もうひとつ気になっていたものを取り出して手に乗せた。
30センチほどで宝箱のようなそれを見つめながら、彼らに尋ねる。
「これなんだけど、どうすればいいですかね」
「なんだ、この箱……っていうか、あんま言葉遣いが変わってねぇな……」
「抵抗感が強くて、いきなり言葉を直すのは難しいんだ」
「まぁ、そうですよね。正直、僕には無理でしたし」
その気持ちが伝わるのはライナーとエックハルトだけのようだ。
今のうちに直しておく必要があるとはいえ、小さな頃から自然と習っていたことをそう簡単に変えられるものでもないんだが。
そもそもそういった言葉遣いは目上の人に失礼だと教わる国で、いきなり直すのも難しいのかもしれないな。
そんなことを考えながらも、話を続けた。
「それで、これは宝箱、ですかね」
「となると中身は宝石とか、価値のある装飾品でしょうか?」
「いや、そういった類のものじゃないんだ」
先に鑑定している俺には中身が何か判断できているが、これをどう扱えばいいのかはまったく分からない。
これは、盗賊団が持っていたということにも繋がるのではないだろうか。
じっくりと箱を見つめていたディートリヒは、難しい顔で答えた。
「……まさか、そいつは卵か?」
「鑑定スキルによると、そう出てる」
俺は箱をみんなに見えるように開けた。
中には直径15センチほどの大きな白い卵が入っている。
見た目は楕円形の大きな鶏卵。
しかしこれは、普通の卵じゃないことだけは確かだ。
しっかりと護るように緩衝材が入れられていることからその価値もおおよそ見当はつくが、これは鑑定スキルによれば"魔物の卵"と名称されるものらしい。
「……まいったな。面倒なもんが出てきた……」
ディートリヒの言葉に首を傾げるも、その意味くらいは理解できる。
これは一般的な動物ではなく、文字通り魔物が産まれるのだろう。
それも卵にはどんな魔物かの詳細がまったく書かれていない。
箱の中にも中身が判別できるものは一切なかった。
鑑定スキルが向上すればまた変わってくるのかもしれないが、現状でこれが何の卵か判明しない以上、これを孵化させるのには危険が伴うという意味だ。
ディートリヒの反応からそれがうかがえた。
これについて、この中でも一番詳しいライナーは教えてくれるが、彼もそれほど知っているわけではないようだ。
基本的に魔物の卵は、専門に生産している業者から直接購入するしか販売ルートがなく、またそのほとんどが一般流通していないという。
大商人や貴族、王族など高い地位を持つ者達がそれらを管理しているらしい。
卵の大きさや色合いはどれもが同じもので、外見から中身を判断できない。
何が孵化するのか分からない卵ほど危険なものはない、ということなのだろう。
子供の頃ライナーは魔物の卵を父にねだったが、男爵家でも手に入らないので諦めなさいと遠まわしに断られ、とても残念な思いをしたのだとか。
突っ込みたくなる言葉が飛び出しているが、ようするに魔物の卵とは、今回のように偶然見つけない限り、まず手にすることがないものということだ。
この状況に気分が高揚しているのは、どうやら俺だけみたいだ。
もしかしたらそれも俺が日本の出身だからなのかもしれない。
でも、誰だってそんな気持ちになるんじゃないだろうか、とも思えるんだが。
「……お前の言いたいことをはっきりと理解できるが、やめた方がいい」
どうやら顔に出ていたらしい。
いや、表情ではなく、瞳の色だろうか。
ディートリヒにはっきりとした口調で釘を刺された。




