理解力が追いつかない
いったい彼が何を言っているのか、俺にはまったく分からなかった。
理由はもちろん、その可能性すら考慮するに値しないと思えるようなカビの生えた悪しき風習が、中世程度の文明力とはいえ未だに残っていることが驚きだったとしか言いようがない。
……本当に、この男は何を言っているんだろうか。
あまりにも想定の範疇から逸脱しすぎていて、俺の理解力が追いつかない。
それは目を丸くしているギルドマスターも同じ気持ちなんだろう。
ひどく混乱している気配をはっきりと感じさせた。
しかし、彼が嘘を言っているとも思えない。
だとすると、本当にそんな馬鹿げた儀式が現実に行われたのか?
意を決したのか、ベッカーは男から詳細を訊ねるも、困惑は続いているようだ。
彼の言葉のすべてを理解することは不可能だ。
いや、彼自身、まさかそんなことになるとは思っていなかったようだが、少し前に故郷へ戻る途中の森で妹夫婦と出会い、コンラートを連れて行ってほしいと懇願されたらしい。
理由を訊ねると妹夫婦は詳細を話し、息子を自分に託したと彼は話を続ける。
「……コンラートには理解できないように話し合ったのですが、あの子はその時の異様な空気を感じ取ったのでしょうね。
コルネリアの捜索依頼をするため、あんな小さな子が私から離れてまでギルドに向かうとは、さすがに想定していませんでした」
「……それは……本当なのか……。
本当に、そんなことが……あったのか……」
未だ信じられないといった様子を見せる彼に、ハイドンは答えた。
「……私も事の次第を村で確かめたわけではありません。
ですが、実際にコルネリアが神の供物として捧げられたのは事実のようです。
そんな非道が過去に行われているとは聞いたことがありませんので、本音を言えばとても信じがたいのですが、"この子だけでも"とコンラートに悟らせないよう必死に表情を隠しながら答えた妹夫婦の姿に、嘘偽りは感じられませんでした」
神の供物?
生贄?
そんなこと、この時代にありうるのか?
いや、そもそも何に対して捧げたって言うんだ?
俺の気持ちを知ってか知らずか、男は詳細を話し始めた。
彼がいた村では、"水神"と呼ばれる存在を信仰していたそうだ。
フェルザーの湖に住まうと伝え聞く、水を司るモノらしい。
しかしそれは大昔のことで、現在では信奉する者もまったくいない。
少なくとも彼が故郷で生活していた2年前まではそうだったと答えた。
困窮した暮らしが一向に改善されない村を逃げるように出て、近隣の町で新生活を始める者が多くなる現在、所帯を持つハイドンのような者たちは故郷を捨てることに後ろめたさは感じなかったという。
特に2年前、彼と同じように村を去る住民が大量に出たらしい。
その噂が近隣の町にあるギルドにまで伝わっていたみたいだが、事はそれどころではなくなっている。
「……それは、いつのことになる?」
「今から7日前になります。
私はコンラートを連れ、ヘルツフェルト経由でクーネンフェルスに戻りました。
行商を終えて家路に着くとあの子には伝えてありますが、実際はこの町に一刻も早くコンラートを連れ帰りたかったのです。
それが妹夫婦の願いでもありましたし、私にできるのはそれくらいですから」
歯痒そうに唇を噛むハイドンだった。
彼の言い分も分からなくはない。
その時の彼は護衛を1名連れていたが、その程度の戦力で2日も前に捧げられた子を探しに行くよりも、コンラートをその場から離れさせるのを優先した。
それが彼にとって苦渋の選択だったことくらいは悲痛な表情から容易に想像できるが、その判断は正しかったと俺には思えた。
だからといって、そのすべてを納得などできない。
生贄として捧げられた少女はどうなったのかを確認する必要がある。
念のため、全員の確認を取るために視線を向けるも、俺と目線が合った瞬間に頷かれた。
「ベッカーさん、俺たちがその子の捜索をします」
「トーヤ殿、それはさすがに危険だと言わざるをえない。
村人が神と崇拝する存在を正確に確認できていない以上、この件は我々ギルドに任せてもらいたい」
「無茶をするつもりはありません。
それにギルドにお任せすれば、準備に数日はかかるでしょう。
可能性は低いとしても、俺たちがすぐに出発すれば到着はずっと早い。
どの道、ヘルツフェルトに向かう予定でしたし、俺も神とやらに遭ってみたい」
軽く威圧がもれ出ながら答えたが、気持ちは伝わるはずだ。
俺は神を信じない。
いるのはそれを僭称するものか、それを連想させる人間、もしくは魔物だけだ。
話を聞かない魔物なら斬ればいい。
人であるならギルドに連行すればいい。
もし神なんてモノが本当に存在するなら、一言文句を言わないと気がすまない。
ただそれだけだ。




