漠然と考えていた
2階まで下りると、何か言い争いをしているような声が耳に届いた。
もっとも、強く言葉にしていたのはひとりだけみたいだが。
1階では困った顔をして頬に手をあてたひとりの女性職員が、声の主となる小さな来客に答えていた。
しゃがみ込みながら笑顔で話す姿は、人のいいお姉さんにしか見えなかった。
「――だからね、ボク君だけで依頼書を出すわけにはいかないの。
それに、このことをボク君のお父さんやお母さんは知ってるのかな?」
「……それ……は……」
「まずはお父さんとお母さんを連れてきて?
そうしたらお話をしっかりと聞いて、依頼書を作るから。
今日のところはおうちに帰って、このことをお父さんとお母さんにお話して?」
「…………うちなんて……ない……」
ギルドの問題事に首を突っ込もうとせず、少年の横を通り抜けた頃、耳に入ったその言葉に足をぴたりと止めてしまった。
ゆっくりと、ふたりへ視線を向ける。
そこには笑顔で話す受付嬢と、涙をこらえて口を噤む少年がいた。
何かにすがりつくような少年に、俺は思うところがあったんだろうか。
その答えは出ないが、不思議とこのままギルドを出ることもできなかった。
「……ぱーぱ?」
フラヴィの声に意識を向けて、俺は思い出したように少年を見つめる。
それでようやく何を思っていたのか理解できた。
あれは、俺だ。
少年ほど行動力はなかったし、もっと幼かった。
けど、心の中では助けを求めていたんだと、今ならそう思えた。
あの時は父が手を差し伸べてくれた。
だからこそ、これまで生きることができた。
でも、それがなければ、どうなっていたのかは分からない。
もしかしたら、最悪の事態になっていた未来だってあったかもしれない。
心配して声をかけてくれた優しい子をなでる。
くすぐったそうに目を細める子を見ながら、ちょうど年齢もこのくらいだったなと漠然と考えていた。
「……何事だ?」
3階まで響いていたのか、やってきたギルドマスターが怪訝そうに訊ねると、困った様子で受付嬢は掻い摘んで説明をした。
話を聞く限り、捜索依頼をしていたと思われる。
それも、ごく個人的なものに思えてならない。
だが、迷子の捜索だとは考えにくい。
話を続ける少年の真剣さに熱が入りすぎている。
焦り。
迷い。
不安。
戸惑い。
自分が子供なのも分かっている上で、それでも助けを求めていた。
少なくともそれくらいは理解できている受付嬢だが、それでも規約を蔑ろにはできないのも彼女の立場なら当然だ。
6歳程度と思われる少年に言えるのは、両親を連れてきてと話すことだけ。
なんら対応に不手際も間違いも感じられないが、どこか違和感は覚える。
少年の行動に引っ掛かりを感じると言った方が正しいのかもしれない。
そのことに気付かないわけもないギルドマスターは、少年に訊ねた。
「……少年、どこの子だ?
東区の端に住んでいるのか?」
少年の身なりからそう判断したんだろう。
そこに何があるのか、なんてのは愚問だな。
とても綺麗とは思えない服装を身に纏っていることでおおよその見解はできる。
しかし、どうやら少年は想像とは違う場所に住んでいたようだ。
「……なまえはわかんない。
けど、ヘルツなんとかって町の南にある村だって、おじさんが言ってた」
「……ヘルツフェルト南の村?
あの村は確か一昨年、住民が村を棄てて町へ移動したと噂で聞いたが……」
「ボク君はどうやってクーネンフェルスに来たのかな?」
「……おじさんの馬車で。
ここにはおじさんの住む家があるから、父さんと母さんが一緒にいなさいって」
「それじゃあボク君のお父さんとお母さんは、村に戻ったのかな?」
優しく目線を合わせて訊ねた受付嬢に、少年は小さく頷いた。
こんな小さな子を残して村に戻った?
それも、おじさんと一緒にいなさいと預けて?
そもそもなぜ隣町にいるんだ、この子は。
「……この町には、おじさんに連れられてやってきたのか?」
「うん。
おじさんは"ショウニン"ってのをやってて、このへんで"コウエキ"? ってのをしてるんだって、父さんと母さんが言ってた」
なるほど、それでこの子はヘルツフェルトから離れたこの町にいるのか。
……だが、人探しの意味が俺には分からない。
クーネンフェルスにいるのならギルドに頼らず、おじさんに聞けばいいはず。
幼い子供が人ひとりを捜し当てるなんて、町では不可能だ。
小さいとはいえ、ここは25万人は暮らすって話だし。
それこそ村じゃないんだ。
住民が顔見知りなんてことはない。
日本のように、隣人がどんな人か知らないような世界ではないだろうが、それでも少年がひとりで探すのは、おじさんに知られたくないと思ってのことなのか?
続けて話を聞いてみると、ギルドの存在を知ったのはおじさんから"はぐれたらそこにいなさい"と言われたからで、その際に色々と話を聞いて捜索依頼についても知ったらしい。
向かいにある商業ギルドではなくこちらに来たのは、見分けがつかないからか。
いや、人探しが目的ならこちらで正解だな。
商業ギルドでは恐らく対応してくれないはずだ。
……それにしても、なんだこの違和感は。
何かキナ臭い気がしてならない。
同じことを思っていたんだろう。
ギルドマスターは一度だけこちらに視線を向けて言葉にした。
「……ともあれ、別室で詳細を聞く」
「かしこまりました」
彼の言葉に驚きを見せた受付嬢は心を平静に保ち、静かに答えた。




