はじまりは突然に
見渡す限りの浅い森。
いや、これは林だろうか。
正直なところ、俺にはその違いがよく分からない。
ひとつ言えることは、現実感のない場所に立っている、ということだ。
「……さて、どうしたもんか」
思わず言葉に出てしまう。
それも仕方ない。
それなりに中心部から外れた場所とはいえ都内に住んでいる。
こんなにも草木の生い茂る場所が近くにあるなんて、俺は知らない。
連れ去られた、わけでもない、か。
そんな痕跡はないし、服も乱れた様子はない。
靴にも汚れはない。
だが、履いた記憶もない。
現状を確かめるが、制服に靴のみで通学用のリュックがない。
スマホもないので連絡が取れないし、財布も持っていないようだ。
林にいるからだろうか。
夏服とはいえ、若干の肌寒さを感じる。
まぁ、こんな場所だしな。
そういうこともあるだろうと割り切れる。
だがなぜこんな場所に、という疑問に戻ってしまう。
リアルな夢。
真っ先にそう思ったのも仕方がないのかもしれない。
しかし、地面に生えている草葉を手に取った瞬間、凍り付く。
「……リアル、すぎるな、これは……」
主脈に側脈と、細かすぎる形状なのが見て取れた。
匂いもしっかりと感じることができる。
葉を指から離しながら考える。
しかし、それが意味するところはひとつしか思い当たらない。
ひどく混乱しそうになる頭を冷静に保ちつつ周囲を再び見回そうとすると、背後からガサリと草を踏み締める音がした。
随分と警戒心が甘くなっていたようだ。
普段なら近くにいる人間や動物の気配は感じられる。
なのに、これほどの距離まで何かの接近に気付かないことに驚きを隠せない。
相手が誘拐の実行犯である可能性も捨てきれない。
今更だが現状を冷静に判断できていれば、警戒心を強く持ち続けていたはずだ。
襲い掛かられることを考慮しながらも振り向くが、直後に思考が停止したことだけは理解できた。
目の前にいたのは、金属と思われる鎧を身に纏い、腰に剣を携えた男。
無精ひげを生やした、20代前半といった年齢の男だった。
その瞳に映る色が悪人でないことは、言葉を交わさなくとも理解できる。
こんな場所で会ったとしても、人の良さそうな大学生に見えただろう。
だがその身なりから共感できる人物だとは、とてもではないが思えなかった。
完全に凍り付いている俺に、そんな不思議な格好の男は話しかけてきた。
「お? なんだお前、そんな軽装で。
……まさか盗賊にひん剥かれたのか?」
色々と突っ込みどころのある男に、なんと答えていいのやらと悩んでしまう。
その格好こそなんだよと思いつつも、軽装と盗賊という言葉が引っかかった。
いったい何を言っているんだ、この人は。
まさかこんなにも動揺させられる相手だとは思ってもみなかった。
林の中でこんな格好をするやつが歩いてるなんて。
……いや。
現実逃避もいい加減やめるべきだな。
男がその身に纏っているものは本物だ。
重厚感のある金属鎧、厚みを感じ取れる衣服。
そして帯刀してる姿から見えるだけでも異彩を放つ武器。
形状から西洋剣なのは見て取れた。
しかしこれは、断じておもちゃなんかじゃない。
真剣を持ったことは一度しかないが、それでもあれと同じ気配を纏っている。
明らかに何かを、場合によっては人を斬るための武器だ。
警戒心を表情に出すことなく強める。
しかし、このままでは何も話が進まない。
意を決して俺は男に訊ねた。
「……すみませんが、ここはどこなのかご存知でしょうか?」
「んあ? なに言って……いや、待て……。
……もしかしてお前、"空人"なのか?」
……どうやらここは、俺の知る場所とは随分と違うようだ。