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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第九章 空に掲げた手
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今を生きるんだ

「……そうですか。

 あなたがフリートヘルムさんの想い人だったのですね」

「……はい」


 悲しみを感じさせる声色でリージェは答える。

 そんな彼女を優しく見つめた司祭は、穏やかな口調で彼の話を続けた。

 それはまるで心に沁み入るような優しい言葉だった。


 夕暮れ前の暖かさを感じさせる教会裏手はとても穏やかで、時折そよぐ葉の音が心地良く耳に届くなか、俺たちは司祭の話を聞いていた。



 ……13年。

 彼女がこの場所へ辿り着くのに13年もの時が経っている。

 それも俺たちが大樹を目指さなければ、きっと彼女は……。


 それが幸せなことだとは、とても思えない。

 彼の想いは永久に彼女へ伝わることはなく、彼女は彼がどこか来ないと感じながらもあの場所で待ち続け、そして人知れず旅に出ていただろう。


 そうならなかっただけでも良かったんだろうか?

 せめて大切な想いだけでも彼女に伝わり、こうして世界を歩くことができていることに満足するべきなんだろうか?


 ……俺にはその答えが見つからないし、子供たちも同じ気持ちなんだろう。

 きっとこの世界の誰にも答えられないものなのかもしれない。

 もっと違った未来だってあったんじゃないだろうかとも思える。


 そんな可能性の、いや、希望的観測しか俺には出てこなかった。



 両膝をつき、墓碑に眠る彼にふれるように手を伸ばしたリージェ。

 とても優しい眼差しでなでる姿は、どうしようもなく寂しさを感じさせた。


 立ち上がった彼女は司祭に向き直り、自身のことを話し始める。

 一切包み隠さず言葉にしたリージェに目を丸くした司祭だが、しばらく瞳を閉じて何かを考え込み、まぶたを開いた時にはいつもの優しい姿に戻っていた。


「……そうだったのですか。

 それで誰もあなたを知らなかったのですね。

 きっと彼は、あなたのことを護っていたのでしょうね」

「私には何も話してくれませんでしたが、彼はとても優しい人でしたから。

 今はこうして歩くことができていますが、当時の私には難しかったのです。

 添い遂げる、いえ、人が言うところの結婚という概念が私には理解できませんが、"ずっと私と一緒にいたかった"と想ってくださったことは理解できます。

 それを嬉しく思える私にできるのは、指輪を笑顔で受け取ることでしょうか」


 大樹の前で渡したふたつの指輪を手のひらに乗せ、目尻に涙をためながら想いを紡ぐ彼女に司祭は一言、"そうしてあげてください"といつも以上の笑顔で答えた。


「フリートヘルムさんは、大切なあなたと添い遂げたかったのだと思います。

 くしくも彼が眠りに就いた日にあなたがいらしたことも、何か大きな意味を持つのかもしれませんね」


 空を見上げながら口にした司祭の言葉は、徐々に暑さを感じさせる春風にさらわれた。




 亡くなってしまった人とは二度と逢うことはない。

 どんなに強く望んでいても、どんなに想い焦がれていても。

 それを叶えることは誰にもできない。


 だからこそ人は後悔のないように、そのかけがえのない今を生きるんだ。


 ……でも、悲しい現実は起こりうる。

 どんなに大切な人でも、どんなに帰りを待ち望んでいても。

 嘲笑うかのような不運に見舞われる人が、確かにいる。


 まるで運命に引き裂かれるように。

 それが運命だと、人ではない何ものかに突きつけられるように。


 そんなものは間違っている。

 そう強く思える半面、人の身には抗えないと心のどこかで感じる俺がいる。


 まるで泣き寝入りをしているように。

 どうしようもないことだと諦めるように。


 そんな仕打ちに遭った人たちの想いは、いったいどこへ向かうのだろうか。

 翌日には何事もなかったかのように、問題すら起きずに世界は動くのだろうか。


 ……いや。

 大切な人がいなくなっても、何ら変わることなく進んでいく。

 悲しいけれど、それはいたって普通のことなのかもしない。


 それでも、そんな悲しい結末は誰も望んでいない。

 リージェだって、別の未来があったはずだ。


 俺にはそう思えてならなかった。



 かさりと草を踏みしめる音が耳に届き、後ろを振り返るリージェ。

 そこには小さな花を持った、銀鎧を纏う金髪碧眼の男性が立っていた。

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