何ができるんだ
大樹がなくなり、ぽっかりと開いた場所を見ながら俺は彼女に訊ねた。
「それで、リージェには何ができるんだ?」
「何が、と言われましても、姿を消したり現れたりすることくらいですよ」
まぁそうだろうなと思いながら納得していると、エルルは何かを閃いたようだ。
「それすごく便利なんじゃない?
トーヤを中心に、ある程度の範囲を自由に移動できるってことでしょ?」
確かにそうだが、人前で消えたりするのはやめて欲しい。
かなり悪目立ちしそうだし、一度目を付けられたら非常に面倒だ。
この国に軍は存在しないが自衛隊のような組織はあると聞いている。
有事の際に利用される可能性を考慮すれば、使わない方がいいだろうな。
だが、どうやら俺の想像とは違う意味で難しいと彼女は答えた。
「……姿が消せなくなってますね」
「やっぱり大樹をインベントリに入れた影響があるみたいだな」
「そうみたいですね。
でも、特にそれ以外は感じませんので大丈夫でしょう」
楽観的にも思える言葉だが、俺もそう思えるようになっているな。
安心するのもどうかとは思うし、本当に何か悪影響を見せるかもしれないが、まぁ、なんとかなるだろ。
姿を消して敵の背後に忍び寄るとか、どこのニンジャだよって突っ込みたくなるし、あまりいい攻撃とも思えない。
その戦い方に慣れてしまうと、今度は通常の方法が取り難くなりかねない。
技術を学ばせる側としては、そんなものに頼らない方がいいと教えるだろうな。
特にこの戦法は、全包囲攻撃に弱い。
もろいと言えるほどの弱点になる。
奇襲としては使えるが、そんなものは一度限りだ。
欠点を確実に補えるようになるまで使えない手でもあるから、結局は使用を控えた方がいいだろうな。
「……ざんねん。
リージェなら敵の背後に忍び寄ることができると思ったのに」
いたよ、ここにも。
むしろ肯定派みたいだが。
「まぁ、自衛できるようには強くなってもらいたいところだが、それはリージェに任せようと思う。
どうしても戦いたくないって言うなら俺たちが護ればいいだけだからな」
この考えも、本音を言えば危険だ。
できるだけ自衛してもらえなければ、世界を歩くのはあまり進められないが。
特に俺たちは、街道を真っ直ぐ進むのかもまだ決めてない。
暗殺者なんて危険極まる存在が送り込まれてくる可能性が捨てきれない以上、俺だけ強くなっても悲しい結果に繋がりかねないだろうし、俺個人としては互いが互いを護れる強さが欲しいと思えてしまう。
「そうですね。
世界には話を聞いてくれない人もいると聞いています。
そういった方から身を護る術は恐らく必須になるんでしょうね」
「強くなれば少しは安全になるだろうな。
何ができるのかを見つけるためにも、少し修練してみるといいかもしれない」
「とはいっても、私にはどうしていいのやら……」
右頬に手を当てながら首を少しだけ傾げるリージェにエルルは答える。
そのどこか楽しげにも思える声色は、これまでとは違ったお姉さんとしての言葉ではなかったように思えた。
「大丈夫!
トーヤなら色んなことをたくさん教えてくれるし、教え方もすっごく上手だから、すぐにリージェも強くなれるよ!」
「あら、そうだったのですね。
それではよければ私に教えてくださいますか?」
「あぁ、かまわないよ」
とは言ったものの、どんなことができるのかも分からないリージェにはまず基本的なものから入る方がいいだろうな。
だが、その前に。
「朝日も昇ったし、まずは町を目指そう。
フリートヘルムさんのところにリージェを連れて行きたいし」
「そう、だね……うん、そうだね。
きっとフリートヘルムさんも逢いたいと思ってるよね」
「……連れて行って、下さるのですか?」
目を丸くして驚かれたが、そうしない理由がない。
リージェ自身が行きたくないと強く願えば寄るつもりはなかったが、そんなわけもないからな。
どの道ブランシェの服や武器も探したいから、町へは向かう予定だった。
あとは彼女の意思を確認してからと思っていたが、どうやら愚問だったようだ。
目尻に涙を溜めながら微笑まれる大人の女性にどう反応していいのか多少困惑するが、まぁ、喜んでくれているみたいだし、それでいいか。