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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第九章 空に掲げた手
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特異的な性質

 両手を胸の前で合わせながら、女性は何かをひらめいたように話した。

 俺にはそれが、どうにも嫌な予感がしてならないんだが……。


「そうだ!

 それじゃあこうしましょう!」


 活力に満ちた声色で何かを提案しようとする女性は大樹を見上げ、手を伸ばして触れる場所にある枝を折った。


 ぼきりと生々しく嫌な音を周囲に響かせる。

 なんのためらいもなく枝を折ったことに俺たちは引いていた。


 手にした枝を満足そうに見つめる女性。

 そんな彼女に、何か言ってやらないと気が済まなくなった。


「……桜の枝を折るのは、俺の国元じゃ立派な犯罪なんだぞ……」

「大丈夫ですよ。

 髪の毛を一本抜かれる程度の痛さもありませんから。

 それに私はサクラという名前でもありませんし」

「……そういう意味じゃ……まぁ、いいか……」


 満面の笑みでこちらを見られても困るんだが……。

 いや、これは深く考えたら負けだな。


「で、それをどうするんだ?」

「これを持ち運べば、その周囲にも出られるかと思いまして」


 なるほどと不思議な説得力を感じた。

 それが正しいのかは分からないが、試してみる価値はある。


 だが、それを持ち運ぶのはやっぱり俺なんだよな。

 俺の周囲にしか出られないんじゃ、自由とは言えないんじゃないだろうか。


 思わず苦笑いが出る女性の行動だが、彼女には悪びれる様子はないみたいだな。

 小さくため息をついていると、何かを考え続けていたエルルは言葉にした。


「……やっぱり、トーヤのインベントリに大樹をしまった方がいいんじゃない?

 この場所に残しておけば、悪さをするやつが出てこないとも限らないし……」

「その可能性も俺は考えているが、インベントリの性質を正しく理解していない以上、俺には危険に思えるんだよ」

「どゆこと?」


 ころころと表情を変えるエルルに説明する。

 インベントリが持つ特異的な性質を。


「このスキルは、時間の流れすら止めている傾向がある。

 温かいスープが冷えずにいつでも取り出せるのが証拠だな。

 逆に冷たいものもそのまま保存するように入れておける。

 食材は腐らず、どんな大きさのものでも入れられて、形のない水も制限なく収納できる万能スキルだ」

「……それだけ聞くと、便利なスキルとしか聞こえないけど?」

「確かにその通りだな」


 だが、そこに何も思わないわけもない。

 これほど便利なものは他にないかもしれない。


 だからこそ俺は危惧する。

 このスキルが持つ危険性に。


「時間の流れすら止めてしまう収納スキル。

 そこに、何の制限もなく使えるとは思えないんだよ」

「……ぁ……」


 声にならないほど小さな言葉がエルルからもれた。


 このスキルが非常に有能なものであることは揺るがない。

 しかし、そんなものが自由自在に何のデメリットもなく使えるとも思えない。


 杞憂に終わればそれでいい。

 だがそんなものは、俺の希望的観測にすぎないんだ。


「フェルザーの湖で釣りをしながらインベントリに小魚を放り込んだことがある。

 魚を取り出した時の鮮度は、釣り上げた状態の元気なままだった。

 あの女性も小さな花に姿を変えて眠るように入っているが、実際にどういった状態なのか俺には判断できない。

 さらに言えば、大樹をしまったことで彼女に与える影響も計り知れない。

 人の姿を取れなくなることも考慮すれば、そう簡単に決断はできないんだよ」

「……そっか。

 考え足らずでごめんなさい……」


 その気持ちは善意から来るものだとはっきり伝わっている。

 しょんぼりとする子の頭を優しくなでながら、俺は話を続けた。


「謝ることはない。

 エルルはただ、ひとのために尽くそうとしてくれただけなんだから。

 俺はそんな優しいエルルを誇らしく思ってるよ」


 嬉しそうに目を細めるこの子に、俺も頬を緩ませた。


 しかし、事はそう単純な話ではないかもしれない。

 確たるものはないが、何かあってからじゃ後悔してもしきれない。


「問題はインベントリが持つ可能性が未知数ってことなんだ。

 どうなるかも分からない状況で、試すわけにはいかないだろう?

 マンドレイクになった女性もどうなるか分からないし、人の姿を取っている彼女に何らかの悪影響を及ぼす可能性を考慮すれば、そんなことは軽々しくできない」


 諭すように言葉を丁寧に紡ぎながら、俺は大樹を見上げる。

 薄桃色の桜のような美しい花をつける大樹が風に優しく揺れた。

 葉のさざめく音が耳に届き、どこか心地良く思いながら目を細めた。


 もう春も終わりだな。

 そんなことを何となく感じさせる温かい風に包まれていると、女性から声が聞こえた。


「……よくは分かりませんが、ほんの少しでも可能性があるのなら、私は試してみたいと思います。

 もしそんなことはできなかったとしても、万が一のことが起きたとしても。

 それでも私は、その可能性に賭けてみたいのです」


 強い覇気をまとって言葉にする、これまでとはまったく違った印象を受ける女性に、これが本来の彼女が持つ"強さ"なのかもしれないと俺には思えた。


 ……しかし、行動に起こせない俺がいる。


 可能性に賭けてみたいという彼女の意思も分からなくはない。

 それでもやはり、もしかしたらと思える恐怖心の方が俺には強い。


 そんな簡単に決断できるような問題ではないんだ。

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