笑って過ごすことが
この世界に飛ばされた時は、本当にどうしようかと悩んだ。
しかしそれも時間が経つにつれ落ち着きを見せ、フラヴィと一緒に過ごすようになってからはこの世界も捨てたもんじゃないと思えた。
そのうちブランシェと出会い、エルルと出会った頃からは、みんなと過ごす日々がかけがえのないものに変わっていた。
本当に不思議な感覚だ。
こんな気持ちになれるとは、ディートリヒたちと出会った頃には考えもしなかったことだ。
しみじみと感慨にふけっていると、女性は落ち着いた声色で話した。
「そろそろ時間のようです」
「……そうか。
やっぱり"その時"ってのは、分かるもんなんだな」
「えぇ。
ですが、後悔はしていません。
心残りがないかと言われたら頷くことは難しいですが。
それでも私は、最期には笑って過ごすことができましたから」
「……俺としては、想い人と幸せになってもらえるのを望んでいたんだが」
そうであったらと、依頼が失敗に終わった今でも思わずにはいられない。
しかし、彼女は笑顔でそれを否定した。
「指輪と想いを届けて下さっただけで十分です。
それに彼は私にとって特別な存在ではありますが、ヒトが言うところの"恋愛感情"とは違うような気がします。
残り少ない時間を、私は誰かと楽しく過ごしたかっただけなんですよ」
「そういうものなのか?
俺はてっきり、フリートヘルムさんと一緒になりたいと願っているんじゃないかと思っていたんだが」
その言葉に少しだけ考えた彼女は、枯れた大樹を見上げて答える。
それはまるで、今はもう逢えなくなってしまった大切な人を想いながら言葉を紡いでいるように、俺には見えた。
「……彼が望むのであれば、そうしたと思います。
ですが、それはやはり、一緒にいたかっただけなんですよ。
私は彼よりもずっと年上のおばあさんですからね。
病気も自分では治せないほど活力がありません」
「まぁ、年齢的にはそうなんだろうな」
「未練がないと言えば嘘になります。
それでも私は、ひと時でも彼と共に過ごせただけで幸せでしたから」
それだけで十分ですよ。
そう彼女は、いつもと変わらない優しい笑顔で言葉にした。
人には人の幸せがある。
それは他人には理解されないことかもしれない。
彼女はただ、彼の傍にいたいだけだったと言葉にした。
だがそれもまた、恋愛感情のひとつなんじゃないだろうかと俺には思える。
彼女は何十年、下手をすれば数百年もの間、たったひとりで過ごしてきた。
人によっては、それを"孤独"と呼ぶんだろう。
人の温もりを知った彼女は、ヒトの姿で大切なひとを待ち続けた。
俺たちが来なければ、彼の想いを知ることなく眠りに就いていたかもしれない。
そうならなかっただけでも、幸せなことなのかもしれない。
……これで、本当に良かったのか?
まだ納得できていない自分がいる。
何かできることが、まだあるんじゃないか?
寂しさを秘めた優しい微笑みを見せる美しい女性を前にして、俺にはそう思えてならなかった。