英雄
フランツの言葉に首を傾げながらも、ライナーは訊ねた。
どうやらそれはエックハルトも同じ思いのようだ。
「適格者とは、あれですか? 剣が持ち主を選ぶという伝承の?」
「ライナーさんもご存知なんですか?」
「えぇ。とはいっても、本当かどうかも僕には分かりませんが。
確か……"白銀の剣を持ちて巨悪を滅ぼす"、でしたか?」
「"持ち手選びし剣に適格者触れし時、世界の巨悪を光の剣にて滅ぼし、魔王の闇を打ち払わん"……レリアを讃えた詩の一説だ。
当時の法王が彼女の勇士を讃えた詩だとも言われている。
200年前、突如として歴史の表舞台に現れた蒼銀髪に蒼銀目の聖女レリアは、現在でも語られるほど多くの偉業を成し遂げた。
"竜殺し"が有名ではあるが、それは彼女が成したことの一部にすぎない。
蒼銀の戦乙女とも呼ばれるレリアは剣の腕だけじゃなく、体術を含むありとあらゆる戦闘技術と絶大な魔法を使いこなし、薬学や調合学にも造詣が深かった。
彼女が作り上げた多くの新薬は当時の薬師が持つ技術水準を大幅に向上させた。
聖女でありながら剣聖で、世界最高の薬師でもあったすごい人なんだぞ。
……だが、彼女は表舞台から消えるように忽然といなくなった。
残されたのは彼女が成した偉業の数々と、愛用していた白銀剣のみ。
突如として現れ、煙のように消えた謎の女性。それがレリア・ナヴァールだ」
いつになく真面目に語るフランツ。
どうやら心底憧れている女性のようだ。
純粋に誰かを心から慕う姿に羨ましく思えた。
「彼女はその風貌から"白銀のレリア"とも、"蒼銀のレリア"とも言われている。
魔法も神がかり的な強さを持ってたって話も残ってるが、そんな剣も魔法も使いこなす完璧超人がいるとは正直なところ思えないんだが……。
ま、こいつは"選ばれし者"ってのを待ってるってことなんだろうな」
「つまり、適格者が触れたら変化する"魔法剣"ってことですか?」
「あくまでもその可能性や、語り継がれている伝説の話によると、だがな。
見たところ剣身も歪んでないみたいだし、剣としても一級品だ。
むしろこれはアーティファクトだって言われても俺は納得するな」
フランツは剣を静かに鞘へ収め、そのまま手渡された。
そのままインベントリ内で大切に預かることにした。
思えば、本当に錆びているのなら鞘から引き抜くことも難しいはずだ。
来るべき時に剣は目覚め、きっと美しい白銀色を取り戻すのだろう。
ようするに俺達は適格者じゃないってことなんだろうが、俺はそれに安堵した。
もし剣に選ばれてしまえば、戦いの渦中に身を投じることになるのは確実だ。
正直そんなもの俺はまったく望んでいないし、いきなり飛ばされた世界のために剣を振るうなんてできそうもない。
小説だと決まって『魔王を倒せば元の世界に戻れる』とか言う奴が出てくるが、そもそもそこに違和感を感じないで魔物を狩り続ける主人公も俺はどうかと思う。
自分がただ利用されているだけかもしれないのにそれを馬鹿正直に信じる奴は、剣と魔法の英雄譚に熱烈な憧れを抱いた中学生の思考を持つ奴か、疑うことをしない心が透き通るほど綺麗で純粋なやつだけなんじゃないだろうか。
どこか遠くを見ながら考えていると、ディートリヒはあることを提案する。
「あぁ、そうだ。
ついでだからこれも今話しておこうと思う。
このレリアの白銀剣だが、ギルドに提出するのはやめようと思うんだ」
「どういうことだ? ま、まさか、このまま持ってるとか言い出すのか!?」
「…………フランツさん。瞳がこれでもかってくらい輝いていますよ……」
「おっとまずいな、つい欲が出た。大丈夫だライナー、俺はしっかり提出するぞ」
声はうわずり目も泳いでいるんだが、誰もそれに突っ込むことはなかった。
そんな彼に、そうじゃないからなと断言するディートリヒは続けて話す。
「白銀剣は、ライナーに渡そうと思う」
「えぇ!? ぼ、僕にですか!?」
珍しく取り乱すような大きな声をあげるライナー。
驚きながらも彼は目を丸くして固まっていた。