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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第九章 空に掲げた手
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奇跡のような瞬間

 呆れられたようなお小言を街門守護者から言われて6日目。

 俺たちは修練しながら浅い森を歩いていた。


 徐々に連携の型ができつつあるこの子たちに戦略の話を軽くしながら、状況に合わせての戦い方を学ばせ始めた。

 中でも森が持つ優位性と劣位性について子供たちにもしっかりと学ばせるが、本格的な修練を始めるのは女性の依頼を終えてからの方がいいだろう。


 この子たちの集中力が極端に落ちている。

 だが、それも仕方がないだろう。


 こんな状況下で新しいことを学ばせても身につかない。

 修練はしばらくこれまでの反復をさせた方がいいな。


 それでも、こちらがどんな状況でも魔物は襲ってくる。

 それを理解させるために3人での戦闘は続けてもらった。


 経験の浅いこの子たちには少々危険だが、これはとても大切なことだし、集中力の切れている今だからこそ身につくものでもある。

 いつでも行動できるように俺はサポートに徹しているが、こと戦闘となれば途切れた集中力も一時的に戻るようだし、それほど危険でもないかもしれないな。



 視界が開け、立派でありながらも枯れてしまったあの大樹が見えてきた頃、周囲には優しい月明かりが照らしていた。

 空を彩る星たちが煌き、神秘的な美しさを見せる大樹の枝に腰掛ける女性。

 俺たちを視界に捉えると笑顔でこちらに手を振り、子供たちもそれに応えた。


 ……男性の話を聞いて、彼女はどう想うのだろうか。

 ずっと待ち続けていた人と逢えないと知ったら、彼女は嘆いてしまうだろうか。


 不安に思いながらも、俺はギルドと司祭から聞いた話をすべて伝え、預かっていた大切なふたつの指輪を差し出す。

 女性は少しだけ震えながらも両手を伸ばし、すくい取るように受け取った。


 愛おしそうに指輪をふれながら、消え入りそうな小さな声で女性は言葉にした。


「……そう、ですか……。

 ……やはり彼はもう、この世界にはいないのですね……」

「知っていたのか?」

「彼は約束を違えるような方ではありませんから」


 笑顔で言葉にする彼女の心は、ひどく疲れているように思えた。


 そう思えるような人だったんだろう。

 大切な時間を共に過ごしていたんだろう。


 星空を見上げた女性は呟くように話した。

 その表情は優しく微笑んでいたが、心では泣いているのがしっかりと伝わった。


「……彼は、私なんかと逢えて、良かったのでしょうか……。

 貴重な時間を、無駄に過ごしてしまったのでは……ないでしょうか……」


 とても小さく震える声で言葉にする彼女に、俺はしっかりとした口調で答える。


「俺はその人と逢ったことがないから、正確なことまではわからない。

 でも、あなた(・・・)の想い人は、あなたと逢えて幸せだったと確信している。

 大切な想いと共に、指輪をあなたへ遺しているんだからな。

 ……だから、"私なんか"なんて言葉を使わないでほしい。

 どうか"無駄"だなんて寂しいことを思わないでほしい。

 それこそ大切な人を悲しませると俺は思う。

 互いに掛け替えのない人生の中で廻り逢えた、奇跡のような瞬間だったはずだ」


 だからこそあなたは、そんなにも悲しい顔をしているんだ。

 それはきっと彼も同じなんだと、俺には思えてならない。


「間違ってはいないはずだ。

 墓碑の下で眠る彼も、心で涙するあなたも、巡るべくして巡り逢ったんだ。

 先立たれたのは悲しいことだが、それも繋がりがあってこそなのかもしれない。

 "ひと"は、出逢いと別れを繰り返す生き物なんだろうから」


 そうだ。

 だからこそ"ひと"は、その時、その一瞬を大切にしながら過ごすべきなんだ。


 これは俺が男だからこそ感じることなのかもしれない。

 彼の最期は無念の中にいたが、彼女と逢えて後悔したことなんて一度もない。


 最期に遺した言葉がそれを証明している。

 彼は彼女へ謝罪をしているんだから。


 "逢えなくてすまない"

 "約束を果たせなくてすまない"


 そんな強い想いを、俺は顔も分からない男性が持っていたと確信する。


 俺だってそうだ。

 "大切なひと"を残して先に逝くなんて、絶対にできない。

 大切な人たちに先立たれ、残された者の気持ちを痛いほど理解してるからだ。


 だから俺は、大切に想ってくれるひとを残して先には逝かない。

 大切な人を悲しませるくらいなら、俺はどんなことをしてでも生にしがみついてやる。

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