合致がいった
最上階となるこの3階は、どこのギルドも長となる存在がいる部屋のようだが、この会館は非常に大きいので他に資料室や会議室もいくつか設けられていると、女性職員はここまでの道中で話してくれた。
もっとも、会議が行われるのは緊急性のある問題が発生した時だけのようだ。
目的地である扉を軽やかにノックして女性は静かに扉を開け、言葉にした。
「失礼いたします」
「……なんだ? 今は忙しい。
来客ならそこに座らせとけ」
入室する女性に連れられて俺たちも入るが、執務机で仕事をする大人の女性はこちらを一瞥し、力強い声であしらった。
年齢は30代前半だろうか。
これほど大きな町のギルドマスターとしては、失礼ながらとても若く見える。
武人特有の鋭く濃密な覇気を全身に纏っている目力の強い女性で、熱い炎を連想する赤い髪を肩口でまとめ、たぎるような真紅の瞳をこちらに向けていた。
まず間違いなく元冒険者だな。
それも相当の使い手だったはずだ。
さすがに現在も、なんてことはないか。
事務処理にも相当に秀でた人なんだろうことは明らかだが、その高圧的にも思われがちな言葉遣いとは裏腹なものを彼女からは感じられた。
「マスター、こちらを」
俺から受け取った手紙を差し出す受付の女性。
差出人の名にぴくりと眉を動かしたギルドマスターは、書類に走らせる右手を止めて内容を確認し始めた。
さすがにデルプフェルト冒険者ギルドマスターとバルヒェット冒険者、商業ギルド両マスターの名前は、彼女の仕事を進める手を止めるだけの意味を持つようだ。
しばらくの時間を挟み、彼女は険しい表情をしながら答えた。
その意味を理解している俺にも、いま彼女が見せた反応で違うことが見えたわけだが、どうやらさらに厄介なことになりつつあるみたいだな……。
「…………なるほど。
これでいくつか合致がいった。
戻っていいぞ、リカルダ」
「はい。
失礼いたします」
一礼して部屋の扉の前で反転した彼女は、俺たちにもお辞儀をして退室した。
仕事の途中だったはずの書類を横にのけたギルドマスターは、机の引き出しから数枚の書類を取り出して目を通し、こちらへとやってくる。
俺たちの対面にどかりと座り込んだ女性は、とても力強い声色で言葉にした。
「まずは自己紹介だな。
アタシはこのギルドを預かってるローゼだ。
お前達のことも多少書いてあったから名乗り出なくていい。
茶も出さず客人には無礼だが、話を進めさせてもらう」
声色に若干の変化があった。
やはりこの女性は、横柄な態度を取るような人物ではないようだ。
「結論から言えば、トーヤが持つという指輪に関連した情報はない。
……が、それと思われる人物の情報が3日前、当ギルドに届けられた。
時期を考えると、お前が指輪を手にした10日前後になるだろうな。
ベルンシュタイン憲兵から身なりのいい男と、その護衛者を4名確認した」
「……ベルンシュタイン……つまりデルプフェルトには立ち寄らず、あの町から南東に位置するガウク街道を通り、さらにはビンデバルトを素通りするようにクライバー平原を横切って東のベルンシュタインを目指した、ということですか。
襲撃者に指輪を盗られた場所と時期を考慮すれば、遠回りとなる街道を進み続けることで人目につかない経路を通過した可能性がある」
「そうだろうな。
問題となる男の目的は依然不明だが、そこから消息が途切れている。
正直なところ、この国の都市部には他国の貴族が訪れるケースも稀ではない。
マルティカイネン家の話が伝わってない以上それも仕方ないと思うが、時期を考えれば有力な情報だと判断するのは妥当だと思ってもいいほどの確率だな」
これまでの話だけでも厄介なことは確実だが、バルヒェット商業ギルドマスターのローランが危惧していたとおりになりそうだ。
問題の貴族はマジックバッグか、それ以上の性能を持つ収納系魔導具を所持しているのは確定だ。
それをあの連中が回収しなかったのか、それとも馬車に隠してあったのか。
目的は依然として不明だが、何を持ち運んでいるのかも分からない以上、危険度が極端に上がったと思って間違いないだろうな。
ふぅと息をつくローゼ。
その表情は忌々しいといった嫌悪を隠し切れずにいた。
「……まったく、ロクでもないヤツがこの国に来たもんだ。
むしろ、いちばんこの国に入れたくない家系が入ってきちまった。
ベルンシュタインから東のベヒシュタインに向かったのか、それとも北か。
南の都市ラングハイムを目指している可能性も捨てきれないが、北東のアーベントロートか迷宮都市に向かったのかも現在の少ない情報では判断が付けられない。
しかし、ラングハイムへ戻っているとはとても思えないから、恐らくはアーベントロートとバウムガルテンのどちらかだろうとアタシは予測する」
「いずれにしても都市を目指していると?」
「だろうな」
彼女が述べた都市はどれも、総人口が100万人を超える。
それほど多くの人混みに紛れてしまえば探すのは困難だ。
たとえそれが格好の目立つ貴族だろうと、服装を変えられてしまえば探し出すことも難しくなる。
家柄が世間にバレていないなら、姿をくらますには絶好の場所とも言える。
だがもうひとつ厄介なことがあると、俺は考えていた。
それを察しているのだろう。
彼女は『聡いな』と小さく言葉にして話を続けた。




