なんか嫌だな
宝石や魔導具は町で売り払うとして、気になるものが目の前にある。
お宝をインベントリに片付けたことで、現れるように出てきた木製の小箱だ。
まるで隠されていたようにも思えるその木箱を見つめていると、フランツは目を輝かせながら話した。
「なぁトーヤ! レリアの白銀剣を俺に持たせてくれよっ」
「フランツ、お前なぁ……。
こいつは貴族の持ち物なんだぞ? 落として傷つけたらどうするんだよ」
「そんなことしねぇよ! だってお前! あのレリアの白銀剣だぞ!?
一度くらい持ってみたいと思うのは当たり前だろうがッ!」
乗り出すように話すフランツに、ライナーは引きながら言葉にした。
「そ、そんなに力説しなくても……。
確かにこの剣をギルドに提出すれば、もう触ることはできそうもありませんね」
「いいじゃないですか、ディートリヒさん。フランツさんの憧れ続けているお方の剣なのですから、このまま触れられないのは逆に可哀想だと私は思いますよ」
エックハルトの助け舟に、瞳をこれでもかと輝かせながら懇願するフランツと、ぐいぐい迫る彼に圧され、若干仰け反りながら答えるディートリヒだった。
「だよなっ? いいだろ? な? ちょっとだけ。ちょっとだけだからっ」
「……ったく……。あぁ! そのうるうるとした目をやめろ!」
捨てられた子犬のような瞳でリーダーを見続ける彼に、鬱陶しそうな視線を向けながらもディートリヒは根負けした。
「……トーヤ、持たせてやってくれ。
何かあれば全部フランツの責任にするから」
大事なものだと、ここにいる誰よりも理解してるんだ。
落とすなんてことはしないだろうと俺は思うが。
目を輝かせたフランツは白銀の剣を受け取り、じっくりと見つめる。
とても上品な細工が鞘に施され、どちらかと言えば宝剣にも思えるな。
鞘の大きさから考えると、一般的な西洋剣と刀の中間ほどの幅のようだ。
細剣よりも大きめで作られているが、これはなんだったか。
……パラッシュとか、そんな感じの名称がつけられた剣だったか。
女性でも楽々と扱えるような軽さで作られているし、大剣でないところを考えると、レリアは力でごり押すような剣士じゃなかったんだろう。
こうして離れてみると、すごい剣なのがよく分かる。
これは名品や名剣と呼ばれるようなものじゃない。
明らかにそれらとはまったく違う異質な気配を、鞘に収めた状態でもはっきりと纏っている。
この剣は、間違いなく本物だ。
山を切れるとか、ドラゴンを両断できるとかは分からないが、使い手次第でそれを可能とするかもしれないと思えるほどの業物であることは確信できる。
持ち主は実在した人物だと言うし、相当の使い手だったんだろうな。
「ま、剣身を見たいと思うのが、剣士としては真っ当な思考だよな」
「お、おい、あまりそういうことは関心しな――」
鞘から剣を引き抜くフランツ。
俺達はそれを見つめながら凍りつくように固まった。
同じようにして動きを止めた彼は、抜き放った剣に視線を動かせずにいた。
「こいつは……」
「錆びっ錆びだな、この剣……」
細剣のような剣身はすべて赤錆色に染まり、とても白銀とは思えない色だった。
変わり果てたような姿を見ながらフランツは話す。
それはどこか寂しげな声色に聞こえた。
「200年も前の剣だから、錆びてても仕方ないのかもしれないけどさ。
なんか嫌だな……大切な剣に、こういう扱いをするのは……」
錆とは、しっかりと手入れをしていればつくことはない。
たとえ二百年だろうと、その美しさを保ち続けることができる。
しかし、ここまで赤錆色の剣身は見たことがない。
……だが。
「……これ、錆なんですか? こんな見事に剣身が染まるものなんでしょうか」
「錆だろ、これ。あまりにもびっしりついてるから、紅い剣にも見えるけど」
「……もしかして、あれじゃないのか?」
「あれってなんだよ、ディート」
「いや、そこはお前の方が詳しいだろ……」
落胆する彼へ、呆れたように言葉を返すディートリヒ。
しばらくするとフランツは何かを思い出したようだ。
「……そうか! "適格者"か!」
中々に仰々しい名称が彼の口から飛び出す。
意味合い的には理解できるが、ここは剣と魔法の世界なんだと改めて実感した。