元いた世界にいるんだ
地面に虚しく落ちたフリスビーの音が耳に届いた頃、ふたりが起き出した。
「……うーん、なんの騒ぎー?」
「……ふわぁぁ」
「うるさくしてごめんな。
もう大丈夫だから、ふたりは寝てていいよ」
「……そうだね……そうする……」
ぽふりと頭を俺の体に寄せるふたり。
だがすぐにエルルは目を見開きながら飛び起き、問題の子に視線を向けて声をあげた。
「――うわっ!? ブランシェすごくおっきくなってる!」
「わぁ、すっごいおおきい……」
「……そうだな、かなりでかくなってるな……」
首をかしげるブランシェだが、その大きさはもはや大狼と言われるほどの成長を遂げているようだ。
それも精悍とまではいかないが、その顔立ちは一気に狼へ寄りつつある。
これは文字通り大人へと向かう、その途上って意味なんだろうな。
大きさは1メートル50センチほどか。
急激に成長した理由は魔法の体得からか?
それとも何か他に要因があるんだろうか。
しかし、フラヴィは人の姿になったきりで幼いままだ。
あれから色々と修練に励んでいるし、魔法も体得している。
……にもかかわらず、ブランシェだけ成長し続けているところを考えると、この子にあってフラヴィにないものを学んだか、それとも俺の思いも寄らないような現象が起きているのか。
それぞれ個性もあるんだから、その成長の仕方も違うものなのかもしれないな。
フラヴィはフェンリル種とは違い、戦闘に特化していないピングイーン属だ。
成長速度に差があっても何ら不思議なことではないが……。
しょぼくれるブランシェに思うところがないわけじゃない。
それでも俺はこの子と番いになれない理由がある。
それをしっかりと伝えるべきだろうな。
「ブランシェ、おいで」
「わぅッ!」
「番いになるって意味じゃないからな?」
「――わぅッ!?」
これでもかと瞳を輝かせ、俺の一声で涙目になってしょぼくれた。
可哀想だとは思うがこれはとても大切なことだし、下手な嘘をつけばこの子自身を深く傷つけることになる。
涙目の子を優しくなで、瞳を見ながらしっかりと諭すように話を始めた。
「俺はブランシェの親代わりだ。
ブランディーヌにブランシェをしっかり育てると誓ってるし、俺にはブランシェを番いにしたいような特別な女の子としては見られないよ。
それにな、俺にはとても大切なひとが、元いた世界にいるんだ。
そのひとは俺にとって本当に大切なひとで、俺のすべてなんだよ。
だからブランシェと番いになれば、そのひとへの気持ちを裏切ることになる。
今はまだ分かってもらえないかもしれないけど、それだけはできないんだ」
「……ゎぅ……」
声にならないほど小さな言葉がブランシェからあふれた。
耳までへにょりと下げた姿に、心から申し訳なく思う。
けど、俺の気持ちはブランシェに伝わったはずだ。
抑え切れなかった欲情は落ち着きを見せ、しょんぼりとした気持ちだけがこの子に残っているようだ。
まるで怒られているようにもこの子には感じるのかもしれないが、それは決してブランシェが嫌いだから拒絶したんじゃないことだけはしっかりと説明した。
「そう簡単に納得できるような気持ちじゃないと思うけど、それでも俺にはブランシェが大切な子供みたいにしか思えないんだよ」
とても悲しい気持ちが心に伝わってくる。
ごめんな、ブランシェ。
気持ちは嬉しいけど、俺にはそう答えることしかできないんだよ。