食いしん坊だからね
警戒をしながら、俺たちは浅い森をゆっくりと進んでいく。
小鳥のさえずりが聞こえる静かな林にも思える場所に悪意は感じられない。
この辺りはまだ平原に近いし、もう少し奥まで進めば魔物とも遭うだろうな。
街道からここまで馬車に見つかることなく来れたのは重畳だった。
馬車ごと追いかけられて必死に止められても申し訳ないからな。
周囲に気配を探りながらも目視での警戒を続けていると、右隣を歩くエルルがぽつりと呟いた。
「……浅い森と林の区別が、あたしにはつかないや」
「それは俺も同じだよ。
この辺りは馬や熊の魔物も出るらしいが、視界は悪くないし、これだけ見通しが良ければ訓練にもいい場所だな」
「はっぱとつちの、いいにおいするね」
「わぅわぅ?」
「いいにおいだよ。
ぶらんしぇはきらい?」
「わぅわぅぅわぅ、わぅわぅわぅ」
「もー、おにくのにおいはべつだよ」
フラヴィは楽しそうに笑いながら答えた。
ブランシェを白い目で見るエルルは小さく言葉にするが、どうやら俺とまったく同じことを考えていたようだ。
「……さすがにあたしでもブランシェの言ってることが分かった……」
「まぁ、この子らしいと言えばそうなんだが」
「確かにそうだね。
ブランシェは食いしん坊だからね」
「わぅ……わぅわぅわぅ……」
"だって、お腹が空くんだもん"
そう言っているようにしか聞こえなかった。
「ブランシェの体がたくさんの食事を欲しているんだよ。
町の外では動けなくなるほど食べると危ないけど、暴食にならない程度に食べればそれだけ体も大きく頑丈になっていくはずだ」
「わぅわぅわぅ!?」
「あぁ、今よりも大きくなれるよ」
俺の言葉に、ぱぁっと表情が明るくなる嬉しそうなブランシェを見ながら、とても悲しげにフラヴィは言葉にした。
「ぅぅ……ふらびいも、おっきくなるもん……」
「大丈夫、ゆっくりでもフラヴィは確実に成長しているよ」
「ほんと?」
「あぁ」
寂しげに見上げるフラヴィの頭を優しくなでると、不安が押し寄せているこの子の心は穏やかさを取り戻した。
冷静さはこの子の強い武器のひとつだ。
これに関してはふたりも体得できてないほどの力量差がある。
当然まだまだ拙いし、長時間の"静"を維持することはできない。
それもこの浅い森での経験が今後に活きてくるはずだ。
ブランシェも随分と魔法を発現できるようになってきているみたいだし、ここを通り抜ける間に戦闘で活かせるようになるかもしれないな。
ひとり残された気持ちになったんだろうフラヴィも一緒に魔法を鍛え始めたが、想像通りこの子も水属性を持つようだ。
俺の偏見かもしれないが、フラヴィは水、ブランシェは氷が得意のような気がするが、それもイメージ力や本人たちの努力次第で大きく変わっていくんだろうな。
休憩を取りながら修練の時間をしっかりと入れる日が最近では続いてるが、見通しの良すぎる平原よりも浅い森で訓練をすることの意味は非常に大きい。
木々に隠れる小動物を気配で察知できるだけでも訓練になるし、いつ魔物が飛び出してくるかもしれないと感じされる緊張感は、実戦にも必要不可欠な技術だ。
何よりもこの場所で睡眠を取ることは危機感を覚え、眠りながらでも周囲をしっかりと確認できるようになるだろう。
それは安全だと判断されやすい町の中でも、同様の効果を見せるはずだ。
本来ならば体得に何週間もかかってしまう高等技術だろうと、物覚えのいい子たちが互いに高め合っている現状では、数日もあれば十分だと思えた。
くにゃくにゃと水や火の形を変えながら3人は休憩中に遊んでいるみたいだが、俺の真似をしているのかもしれないな。
魔法で実現させられる可能性を模索しているとは思えないから、ただ遊んでいるだけのようにも見えるが、今はそれで十分だ。
あれはあれでマナをコントロールするための訓練にもなる。
ああやって遊んでいる間に魔法は自然と上達していくだろう。
そこから何か切欠を掴むこともあるはずだし、何よりも理解力の高い子たちだ。
俺が想像もしないような使い道を見つける可能性すら感じさせるのは、エルルが創りあげたオリジナルの魔法を見ているからなんだろうな。
さすがにそれを期待するのは酷だと思うが、それでも何かすごいことが起きるんじゃないかと、ここ最近では胸が膨らむ気持ちを抑えきれない自分がいる。
子供が持つ可能性は無限大だし、俺なんかよりもずっと柔軟な思考を持つこの子たちなら、本当に何かすごいことを見せてくれるかもしれないな。