心底震えた
苦々しくお茶を口に含むローランは話を続ける。
実際に誰かが手を下したのではなく、自決という形で終わっているらしい。
それも奥歯に仕込んだ毒物を噛み砕くのが連中の手口のようだ。
「我々が逮捕に躍起になっていたマルクリーも、自害という最悪の結末を選んだ。
憲兵の話によると、まるで世界を嘲笑うかのような態度をして自決したらしい。
この報告を聞いた時、我々は心底震えた。
今後の生活を憂いての凶行ではなく、笑顔で自決を選ばせるほどの相手、という意味なんだろうな……」
「証拠はあれど、証言が手に入らなかったのは非常に痛手なの。
マルクリーには他にも嫌疑があったのだけれど、これですべて白紙に戻ったわ」
頭を抱えるフィリーネもお茶で心を落ち着かせていると、俯いたままのエルルは小さく言葉にした。
「……どうして、そんな恐ろしいことを……簡単に選べるの……。
人は、人の命はたったひとつの掛け替えのない、とても大切なものなのに……」
今にも泣き出してしまいそうな切ない声が部屋に響き、俺は優しくエルルの頭をなでた。
「……普通の人が考えもしないこと、それも自分の死ですら簡単に決められるやつは、人として大切な何かが壊れているんだと俺は思うよ。
たとえその先が約束されていたとしても、自らの身を汚し、朽ちさせる行為はとても罪深いものだし、大切な人がひとりでもいればそんな道は選べない。
何がそいつを突き動かすのか俺には分からないし、わかる必要もない。
ただ俺たちとは違う、そう考えるだけで俺はいいと思うよ」
「……そうね。
私もそれで十分だと思うわ。
だからあなたが気負う必要は何もないのよ」
そう、なのかな。
彼女は小さく言葉にした。
人はそれぞれ違った価値観を持つ。
それがたとえ他者からは認められなかったとしても、それを否定はできない。
だからといって、人を傷つける連中の自由を赦してはいけないが、それも結局のところ人が生きるために作られた法律によるものが大きい。
そこにはモラルも当然含まれるが、そうでもしなければ人を護れないのだろう。
悲しい話だが、人を裁く法律が別の人を救っている。
これは俺の世界だろうが異世界だろうが関係のない話だ。
「さて、それについてのお話も含め、ここに我々のサインと各ギルドがどう対応するかの詳細が書かれた手紙をトーヤさんにお持ちいただきたいのです。
これは本来、トーヤさんがこの町を出る際にお渡しする予定でしたが、随分と状況も変わってきましたのでこの場でお渡しさせていただきたいと思います」
「とはいえ、我々もこの町であれば力になれるが、他所ともなれば中々難しい。
大した力にはなれないことをこの場で謝罪する」
「それでも心強いです。
ありがとうございます」
「この国であれば、どの町でもギルドマスターに話が通せるようになってるわ」
「必要な情報もいずれは必ず手に入るはずだ。
それまでは警戒を厳に進む方がいいだろうな」
「そうですね、そうさせてもらいます」
笑顔で答える俺を見つめるふたりは真剣な面持ちになる。
その理由も十分見当がついているが、ことは大きく動く可能性を持っている事案に頭を抱えたくなった。
「トーヤ殿なら十分理解しているだろうが、これはこの国を揺るがしかねない事件に発展するかもしれない事案なのは間違いない。
俺たちにできることは微々たるもので、何の役にも立たないことも考えられる」
「それでも私達バルヒェット冒険者、商人ギルドは、トーヤさんに協力を惜しまず力をお貸しします。
……本当に何ができるのかもわからないのだけれど……」
とても申し訳なさそうに言葉にしたフィリーネに、俺は感謝の言葉を伝えた。