律することのできる
「昨日の今日で大変だったわね、あなた達」
「まさかこんな事件に関わることになるとは、思ってませんでしたよ」
話しながらお茶を淹れてくれるフィリーネに感謝を伝える。
実際、例の件を疑ったのは俺だけではなく、彼女も同じだったようだ。
そう思えてしまう今回の凄惨な事件だが、実際にその男と思われる人物がこの町に来た形跡が見つからなかったそうだ。
その話を聞いた俺は眉間にしわが寄る。
それが何を意味するのか確かなものはないが、少なくとも警戒を強めるだけのものを彼女の声色から感じた。
「それとトーヤさんに紹介したい人がいるわ。
こちら、バルヒェット商人ギルドマスターのローラン。
旧知の友人で、昔は冒険者だった経緯もあるの」
「よせよせ、どうせ俺はへぼ剣士だった。
早々に商人に転職してなきゃ、手痛い目に遭ってただろ」
フィリーナの隣に座る男性は、とても楽しそうに笑った。
「はじめましてトーヤ殿、俺はこの町の商人ギルドを預かるローランという者だ」
「彼には例の件をしっかり話しているの。
もちろん必要以上に他言するつもりはないのだけれど、報告が遅れてしまったことをお詫びするわ」
「いえ、それはかまいません。
まさか商人ギルドを統括する方とお逢いできるとは思っていませんでしたから」
「"この町の"、ではあるがな」
屈託のない笑みを浮かべるローランは、デルプフェルト冒険者ギルドマスターのローベルトとは眼光の鋭さが違うものを持っているようだ。
彼は調査を専門と言っていたし、剣士としての腕前もこの人にはしっかりある。
初老を超えてもなお鍛えていることが分かる肉体を今現在でも維持している。
並みの暴漢なら素手で倒せるくらいの強さを感じた。
「さて、トーヤ殿。
挨拶はこのくらいにして本題に入らせてもらいたい。
まずはこの町を救うために尽力してくれたこと、心から嬉しく思う」
「いえ、俺にできることを――」
「――しただけだ、か」
口角をあげながらローランは俺の言葉に続いた。
「軽く話しているが、そいつは中々に難しいことなんだ。
人間ってのは弱い生きもんでな、すぐ自分に甘えた方向へ引き寄せられる。
楽な方へ向かうのはすべてが悪いわけじゃないし、俺はそいつを否定しない。
でもな、今トーヤ殿が言葉にしたものは、己を正しく律することのできる"強い人間"のものだ。
口だけならなんとでもなる人間が普通に歩いてる中、正しい行動ができる者は少なく、君は多くの人々の命を救い、犯人確保にまで尽力してくれた。
商人ギルドマスターとしても、いちバルヒェットの住民のひとりとしても、トーヤ殿の起こしてくれた行動に俺は頭が上がらない。
本当に、ありがとう」
テーブルに頭がつきそうなほど下げるローランだが、俺はただ行動しただけだ。
もっと効率良くできていたかもしれないとも未だに思えるが、収束に向かった以上もう深く考えることもないか。
己を正しく律することができる"強い人間"、か。
父さんが聞いたら嬉しく思ってくれるだろうか……。




