それだけで十分だ
ようやく合流したエゴン、ヨーナス、カサンドル、シャンタルの4人。
若干俺が出す気配に飲まれていたようにも見えるが、それだけ苛立ちを抑えられなかったことも間違いじゃない。
こんなわけのわからないやつに何も思わない方がどうかしているが。
「……すごいなトーヤ。
これほど強いとは思ってなかった。
冒険者ランクはいちばん下と聞いたが……」
「冒険者としての活動をしていないから上がらないだけだよ。
武術は誰かを護れる程度には真面目に取り組んだ」
「本当にすごいですね。
犯人と思われる男性を圧倒していました」
「こいつは武芸に秀でていないどころか、何もしていないど素人だ。
こんなやつに負ける冒険者がいれば、鍛え直した方がいい」
組み伏せている男をヨーナスに引き渡す。
先ほどの一撃が未だに痛いんだろう。
暴れることなく捕縛できたようだ。
呆気に取られながらも、カサンドルは頬をぽりぽりと指でかきながら答えた。
「……まぁ確かにそうなんだけどな、トーヤの加速力は並じゃなかったぞ」
「雑踏に逃がすわけにはいかなかったからな。
視界から俺を外したのが、やつの運の尽きだ」
「……本当に、トーヤさんは……いい男ね……」
シャンタルの言葉にぞくりと悪寒が走った。
優しげな気配をしている女性へ視線を向けると、これまでの違和感をはっきりと自覚できた。
あれは"獲物を狙う目"だ。
ちろりと舌なめずりする女性を、俺は本気で恐ろしいと感じた瞬間だった。
少しだけ間を空けてエルルたちもやってきた。
現役で活躍する憲兵や冒険者達とは、判断力や瞬発力が違うようだ。
フラヴィとブランシェは生まれたばかりだし、それも当然だな。
さすがに経験者とは反応速度に随分と差があった。
今後は気配察知を含め、そういったことも学ばせていくか。
「……やっと、追い、ついた……」
「……わふぅ」
「……ぱ、ぱーぱ、だいじょうぶ?」
「あぁ、もう大丈夫だよ」
呼吸を整えるよりも先にフラヴィは俺の心配をしてくれた。
負けることを気にしてではなく、気色の悪い気配にあてられたからだろう。
それがはっきりとこの子の顔に表れていた。
ある種、今まで感じたことのない気配だったし、それも仕方ないかもしれない。
だがこれで、一応は事件が解決に向かっていると言っていいだろう。
あとは毒を投げ込まれた井戸だが、これについて男に聞く必要はあるが、それはもう俺の役目じゃない。
ここにプロがいるんだから任せればいい。
「ところでトーヤ、どうしてこいつが犯人だと分かったんだ?」
エゴンは訊ねるが、他の3人も同じような表情をしているようだ。
正直に話しても理解できるとは思えないが、それでも一応は伝えるべきか。
「初めはニヤついてて気に入らない野次馬程度だと思ってたが、この男は俺達の行動を見ながら徐々に苛立ち、俺が走る直前には殺意にも似た気配をまとっていた。
取り調べるまでもなく、こいつが犯人なのは間違いないだろうな」
「…………な、何を証拠にお、俺が犯人だってい、言うんだ……」
呟くような小さい言葉でも、そのいやらしい特有の言い方は想像以上に人をイラつかせることができるようだ。
思わず反射的に威圧を男に放ってしまい、悲鳴を出させながら縮こまらせた。
恐怖心から、かちかちと音を鳴らす姿にも嫌悪感を強く抱いた。
「いくらお前が隠そうとしても、憲兵を相手に隠し通せはしない。
目的が別にあろうとなかろうと、そんなものは俺の知ったことじゃない。
お前は俺の家族に危害を加えようとした。
お前を潰す理由はそれだけで十分だ」
毒を井戸に入れる行為は卑劣極まりない。
しかしそのせいでこの子達に被害が生じた。
俺にはそれが何よりも赦せないんだよ。