確信した
野次馬の中に一際目立つ気色悪い気配。
初めは違和感だったが、つい先ほど確信した。
その男に向かい、一般的な冒険者と思われる速度で走る。
向こうも気がつき、人混みに紛れて逃げようとしたんだろう。
背中を見せた瞬間に速度を一気に上げ、相手を追い越してそのツラを拝んだ。
その瞬間、言いようのない感情が心の底から湧きあがってきた。
これは"怒り"だ。
目の前の男に、燃え盛るような怒りを感じていた。
今すぐにでも本気で殴り飛ばしたいほどの怒りがあふれてくる。
こいつは、人としてやっちゃいけないことをした。
それを許せるわけもない俺は、苛立ちを抑え込みながら冷静に話しかけた。
「で?
お前はどこに行こうってんだ?」
「――チッ!」
嫌悪感むき出しで舌打ちをされたが、不思議と何の感慨もわかないようだ。
まぁ、直接手にかける勇気もなく、毒を入れるなんて陰湿で卑劣な輩がどんな反応を見せようと、こちらに何も伝わらないのは当然なのかもしれないが。
こいつはまったく気がついていないんだな。
俺を怒らせるのに十分すぎる行動をしていたことを。
しかし、それでもこう言葉にしなければならないのが苛立ちをより強める。
まだ俺は感情のまま動くわけにはいかないからな。
最大限配慮した対応をするべきだろう。
「今すぐ自首すれば何もしないと約束してやる。
だが、まだ何かをしようってんなら、俺も怒りを抑えきれない」
「……お、俺がな、何をしたってんだ……」
「そんなこと言わなくてもお前自身がいちばん良く知ってるはずだ」
今、びくりと心臓が飛び跳ねたな。
間違いなくこいつが犯人だ。
表情も、動作も、そして気配もすべてが語っている。
まぁ、それでも俺が犯人だ、なんて言葉にするやつはいないだろうな。
「……な、何を言っているのか、わ、わからないな……」
どもる口調に強い不快感が体を駆け巡る。
これはこいつ本来の話し方で、追い詰められているから出てくるものではない。
そのくらいは理解してるつもりだが、まるで感情を逆なでされている気分だ。
心の底から見下し、嘲笑われているような気配を感じる。
そのざらりとした嫌悪感を放つ男に、俺は声色を低く変えて通告した。
「警告する。
今すぐ、お前がしたことを白状し、その罪に見合った罰を受けろ。
聞き入れない場合、俺はお前を実力で排除する。
これは脅しではない。
お前のようなクズには分からんだろうが、俺にもお前を潰すだけの理由がある」
どうせ聞き入れないだろ、こんな馬鹿野郎は。
そういった不快感がたまっている気配を感じる。
醜い顔にもそれが表れてる以上、このまま自首ってことはなさそうだ。
「……お、お前がな、何を言ってるのか、わからないな……」
「だろうな」
あえて俺は視線を逸らして背中を向けた。
どうせこいつが襲ってくるのは目に見えてるんだ。
その隠し持ってるものを使い襲ってくればいい。
周囲をはっきりと認知できる俺には背中を向けるデメリットはあまりない。
多少行動に制限はかかるが、その程度だ。
お前みたいな雑魚にやれると思うなよ。
左の腹を狙ったナイフを目で見ずによけ、伸ばしている男の腕を下げた。
力の流れを下に向けるだけで綺麗に体を回転させながら地面に叩きつけた。
そのまま脇腹に左つま先を軽く当てて小突く。
怪我をしない程度に、とても優しく力の加減をして。
苦悶の表情を浮かべる男をつまらなそうに見下ろす。
こんな馬鹿ひとりのせいでこれだけの住民が振り回されたんだ。
この程度のじゃれあいで、俺の気が収まると思うなよ。
お前が仕出かしたのは井戸に毒を投げ込んだだけじゃないってことを、その身でしっかり味あわせながら後悔させてやる――




