これだけのことを
周囲を見回すと、本当に多くの人が被害に遭ったことがうかがえた。
広場に座り込んで体調の様子を見ているのだろう。
不安げな気持ちがはっきりと伝わる気配であふれていた。
井戸の周辺にある店を経営する人たちも多くいるようだ。
その中には"草原のゆりかご"の店主ヘルミーネもいた。
あとから聞いた話によると、彼女は毒水を直接飲んだそうだ。
ここに運び込まれたが、意識を取り戻すと他者のために行動したと聞いた。
俺たち以外の宿泊客に被害はなく、心から安堵していた彼女だが、元気になってすらいない状態で自分のことよりも誰かを優先する姿に、思わず彼女らしいなと思えてしまった。
「おーうトーヤ!
こっち終わったぞー!」
「何事もなくて良かったよ、カサンドルさん」
「あっはは!
アタシらに任せときゃ何でも解決してやるさ!」
「もう、状況が状況だけに、私は笑えませんよ」
両腕を腰にあて豪快に笑うカサンドルと、苦笑いをするシャンタルだった。
「シャンタルさんもお疲れ様です」
「ありがとう、トーヤ君」
上品な笑顔で答えてくれるが、なんか怖いんだよな、この人。
なにかこう、見つめられると背筋がゾクっとするような感覚が……。
彼女達を含め、鑑定やキュアを使える冒険者の協力を借りられたのは大きい。
いや、冒険者の協力なくして事態の収束はしなかったとも言えるだろう。
それだけの規模の、もはや災害とすら言える状況に冷静な対応ができたのは非常に心強いし、何よりも助かった。
教会側からの協力者にも感謝の念に堪えない。
魔法が使えないシスターも総動員し、要救助者の対応をしてくれた。
おかげで現在の教会は司祭しか残っていないらしい。
まさかそれが目的かと思って訊ねてみたが、それほど大きな町でもなく、ましてや重要なものを置いていない教会のいち司祭を狙う理由はまったくないそうだ。
感謝こそすれ襲われることはないと、この場にいる神父をはじめシスター達は口を揃えて断言した。
金銭的価値のある物も置いていない教会は安全だと、コルヴィッツは続ける。
「――んじゃ、そろそろ犯人探しでも始めるか?」
楽しそうな笑顔が一転し、ぎらりと視線を鋭くするカサンドル。
だが、ここにいる冒険者達は同じような瞳をしながら頷いた。
これだけのことを仕出かしたんだ。
この場にいる誰もがこのままで済ますはずがない。
考え方は違えど、教会側の者達もそれについて否定はしなかった。
対応を誤れば死者を出ていたことだって考えられる。
この毒が自然治癒できるようなものであったとしても、許される行為ではない。
「それについては俺たちの仕事だな」
「現在、手の空いた憲兵から順次調査へ向かっています」
エゴンの言葉に続き、ヨーナスもそれに答えた。
彼らは憲兵を率いる隊長と副隊長だが、現状はあまり芳しくないようだ。
「……まぁ、今はこんな状況だしな。
少し落ち着いてからの方が探しやすいかもしれないが、状況証拠もまだ見つかっていないから時間はかかるかもしれない」
彼の視線に釣られて周囲を見回す。
広場を遠巻きに町の人達がなりゆきを見守っていた。
まぁ、その大半が野次馬なんだろうけどな。
どこの世界にもああいうのはいるんだな。
しかし俺は、頬を軽く緩ませながら答えた。
「そうとも言えないみたいだぞ」
「ん? どういう意味――」
エゴンが訊ね終える間に俺は行動に移していた。




