手にあまるほど
続々と絶えることなく広場に人が集まる。
こんなこと、バルヒェットの歴史が始まって以来だと聞いているそうだ。
エトムントのような状態で運び込まれた者を最優先として、魔法をかけ続けた。
『この先に大きめの広場がある』
"白羊の泉亭"店主でクリスタの父クリストフの提案に賛同した俺達は、手分けをして片っ端から周辺の家を訪ね、無事の者には事情を説明して協力を仰いだ。
広場に人を集めて井戸水の使用者を確認、場合によっては運び出してもらうか俺が出向く形で行動を始めたが、どうやら予想していた以上に被害者が多いようだ。
手分けをして憲兵隊へ連絡と、バルヒェット冒険者ギルドに救助を要請した。
鑑定とキュアが使える者はいくらいても足りることはないだろう。
同時にこの町の教会にも報告し、神父やシスターを連れてきてもらった。
信心深くもない俺にはどこかよそよそしく思える職業の人達だが、キュアや鑑定を使える彼らは嫌な顔ひとつせずに治療に専念してくれた。
だが、それでも限界がある。
手にあまるほど多くの被害者が大通りまで並んでいると、先ほど人伝に聞いた。
裏手の井戸とはいえ、中央からそう離れていないことが影響しているんだろう。
それもこの辺りは飲食店や店舗が多いし、住宅として利用する人も当然それなりにいるはずだ。
冒険者だけでなく、シスターや神父に協力をしてもらっている現状でも、人の列が途切れることはなかった。
それも当然だ。
魔法は使用に制限がある。
使用回数と言ってもいいかもしれない。
ここにきて、真面目にレベルを上げていなかったのがMPの足りなさを痛感することになっているが、今更それを口にしても仕方ないな。
キュアが発動しなくなったのを確認し、マナポーションを飲んで治療に戻る。
俺たち魔法が使える者は休憩も取らずに回復をし続けた。
時間との勝負でもあるし、休めるわけもないんだが。
この薬はとても高価だと聞いているが、教会側は快く提供してくれた。
『こんな時だからこそ使う物ですので、どうぞためらわずにお飲みください』
神父コルヴィッツは優しい笑顔で答えながら鑑定とキュアを患者にかけ続けた。
中には体力的に危険な状態の患者もいたが、彼は顔色ひとつ変えずにヒールをかけ、被害者の無事を心から喜んだ。
神父ってのは、本来こういう人がなるべきなんだろうな。
魔法をかけながら俺はそんなことを考えていた。
しかし状況は思っていた以上に深刻で、運び出せないと判断した被害者の下へは魔法を使える冒険者達が向かった。
この町に仕事で立ち寄っただけの人たちもいるみたいだが、それでも彼らは自分にできることを率先して行動に移してくれた。
* *
事態が収束を見せたのは、日が傾き、夜のとばりが下り始めたころだ。
「大きめの広場が人で埋め尽くされるなんて、見たことねぇな」
「……これだけの被害で抑えられた、と言っていいんだろうか……」
ぽつりと言葉がもれる俺にクリストフは答えた。
「トーヤのお蔭で何とか落ち着いたな」
「いや、俺は最初に行動しただけだよ」
「それでもだ。
俺たちだけならもっと行動が遅れてた。
原因を究明する前に病人を教会に運ぶことくらいしかできなかっただろうしな。
その間に井戸を使ったやつが更に出てたことを考えれば、震えが起きちまう。
これだけの被害で抑えられたのは、原因を突き止め、井戸を塞いで的確な指示を出したお前のお蔭だよ」
そうなんだろうか。
心の中で俺は思った。
違った行動を取っていれば、もっと早く事態を収束できたんじゃないだろうか。
俺にはどうしてもそう思えてならなかった。
……いや、それも今更だな。
この異様な気配が乱れる場所に居続けているせいか、どうにもネガティブな思考になってる気がする。
こんな状況なんて体験したこともないし、それも当然なのかもしれないが。
だがまさか、テレビで見た非常時の知識が役に立つとは思っていなかった。
それも見よう見まねだし、専門家が見ればダメだと言われそうだが、何とか死者を出さずに済んだことだけは誇っていいんだろうな。