えぐいことしやがって
厨房は綺麗に整頓され、料理の途中だったことがうかがえる。
食材に目立ったものは感じられないが、ある一点を俺は見つめていた。
鑑定するまでもなく、どす黒い気配が滲み出ている。
間違いなくここだな。
だが、発生源だとは思えない場所だった。
今にも泣きそうなフラヴィの声が耳に届く。
こんな禍々しい気配を垂れ流してるんだから、それも当然なのかもしれないが。
「……ぱーぱ」
「あぁ、ここだな」
「ウゥゥッ」
「ブランシェ、大丈夫だよ。
あれはきっと飲まなければ体が悪くならないんだよ」
初めて呻り声をあげたブランシェに、優しい言葉でエルルはなだめた。
しっかりお姉さんをしている姿に微笑ましく思えるが、恐らくはここじゃない。
水瓶から視線を店員に戻した俺は訊ねた。
「この水はどこから汲んできたものだ?」
「お店の裏手にある井戸からですけど、まさか、そんな……」
「できれば早急に確認したい。
悪いがその場所まですぐに案内してくれ」
その言葉の意味をこの場にいる全員が理解したのだろう。
急激に温度が下がったような気配を感じた。
女性に連れられて俺達はその場所まで移動する。
そこは目と鼻の先どころか、出てすぐの場所に設置されているようだ。
井戸を目にしただけでも察することができるほどのものが、まるで溢れ出るように感じられた。
手を繋いでいたフラヴィの指に力が入る。
よほどこの気配が怖いんだろう。
……まずいな。
これは思った以上に厄介なことになりそうだ。
フラヴィの頭を優しくなで、俺は目の前に置かれた現状に危機感を募らせた。
「……発生源はここだな。
ここ以外も見て回りたいところだが、そんな余裕はないかもしれない」
「それは、どういう――」
訊ねながらもその意味を理解したんだろう。
みるみる青ざめていった。
しかし、その前に聞くべきこともある。
今を逃せば冷静に考えられるのが相当あとになるかもしれない。
「水瓶に水を汲んだのはいつごろだ?」
「……お店を開いて、お水が足りなくなってきたころに汲んできたので、だいたい12時半でしょうか」
「それ以前に毒を投げ込まれたんだとすれば、不味い状況になる。
昼食時と時間がかぶるし、この井戸は周辺の住民も使っているんだろ?」
現状でそういった被害がないことを考えれば、朝汲んだ水に毒が含まれている可能性は低いが、もしそうなれば非常に厄介な事態に発展しかねない。
その恐ろしい推察に冷や汗をかいていると、店員は焦りながらも訊ねてきた。
「で、ですが、エトムントさんはみなさんが来る少し前に来店しましたし、恋人のエラさんも同じものを食べていたんですよ?」
「なぜ、彼だけが発病したように苦しんだのかは、床に転がっていたゴブレットが証明しているんじゃないか?」
言葉に詰まる彼女の変わりに店主が答えた。
「……なるほどな。
俺の料理に毒が混入していたんじゃなくて、毒入りの水を使って調理をしたから全員に毒が回ったのか。
エトムントは苦しんでエラが無事だったのは、毒水を直接飲んだからだな。
店が忙しくて俺もクリスタも飲まず喰わずだったから、毒が入ってないのか。
メシと水をがっつり入れたのは店を開ける9時前だったし、俺たちだけに毒が回ってないのも納得だな」
冷静に店主は答えるが、ことはそう単純ではない。
本人もそれをはっきりと理解しているんだろう。
小さくも嫌悪感をむき出しで言葉にした。
「――えぐいことしやがって……」
そうだ。
この井戸は周辺住民も使うもの。
それも昼前に毒を投げ込まれたと仮定するなら、その影響は計り知れない。
昼時を狙ったのか、それともたまたまその時間だったのかはわからないが、少なくともまともな神経を持つやつの手口じゃないことだけは確かだ。
しかし、俺をピンポイントで狙ったとは思えないな。
手段としてはもっと陰湿なものだし、何よりもこの水を飲むとは限らない。
もしこれが本気で俺を狙ったものだとすれば、俺の行動がすべて筒抜けということになりかねないし、そうなれば気配すら感じさせずに行動を起こしていることになる。
この一件が仮に暗殺ギルドの手口だとすれば、俺では対処できない可能性すら出てくるが、恐らくはそうじゃないはず。
だとしても、このままで終わるとは思えない。
どうにも俺は、行く先々で厄介事に巻き込まれてる気がするな……。




