よくない
正直なところあまりいいことではないし、必要以上の危険は避けるべきだが、何も行動せずに町で暮らすのはごめんだ。
そんなことで元の世界に帰れるわけもないはずだからな。
特に大きな目的でもないが、迷宮都市にも向かいたい。
ディートリヒ達との約束もあるし、それをないがしろにはできない。
……問題の連中とは違う人物に襲われる可能性も捨てきれないが……。
まったく。
あの人はいったい何を考えてるんだ。
あんなに行動が読めない人と、これまで出会ったことがない。
不思議な魅力と言えば確かにそうなんだが、なんか違う感覚なんだよな。
こういうのも天然って言うんだろうか……。
「お待たせしましたー!
まずは季節のサラダ盛り合わせと、マレナのブロウデとパンになりまーす!
さすがに人数分を一度には持てませんので、もう少々お待ちくださいねー!」
テーブルの中央にサラダを置き、まずは小さな子からと判断したんだろう。
フラヴィの前にブロウデを用意した店員だが、ぞくりと冷たい気配が襲った。
なんだ、これは……。
何か妙な胸騒ぎがする。
……心が、ざわついている?
まさかと思いながらも俺は鑑定スキルを使い、確信にいたった。
「フラヴィ、食べちゃダメだ」
「……うん」
どうやらフラヴィも気づいていたようだ。
気配か、それとも香りかはわからないが、いきなり口をつける子だったら大変なことになっていた。
いや、香りってことはないな。
もしそうならブランシェが真っ先に気づいてるはずだ。
無臭のものとか、どんだけタチが悪いんだよ……。
「……トーヤ、これって……」
「エルルもわかるのか?」
「……ううん、わかんない。
でもなんか、よくない気がした……」
ブランシェも鋭い瞳で料理を睨んでいた。
……可愛らしい顔だから、まったく凄みがないのもこの子の魅力なのかもしれないが、そんなことを考えてる場合でもない。
周囲を注視してみたが、どうやら事態はまずい方向へ進んでいるようだ。
遅効性か?
それとも微弱なものなのか?
周囲の気配から、それらを見て楽しむような不快なものは感じなかった。
となれば可能性はふたつ思い当たるが、そのひとつは彼女の様子から消えた。
彼女が巧みに演技をしても、それを察することができる俺には通用しない。
どんなに隠そうとも、ほんのわずかな揺らぎを感じられるからな。
あとは残る可能性になる。
しかし、ある意味ではこっちの方が厄介だな。
他の料理や小皿を取りに戻ろうとする店員を呼び止めて訊ねた。
「すまないが、これを作った料理人のところに案内してもらえないか?」
「な、何か不手際がありましたか!?」
涙目になる女性に申し訳なく思うが、ことは一刻を争うかもしれない。
「いや、そうじゃない。
だが少々問題があって、それを店主に報告したい」
「わ、わかりました。
そ、それではこちらにどうぞ」
「――がッ!?」
ゴブレットの落ちた音が聞こえると同時に、楽しそうに話をしながら食事をしていた男性が苦しみ出し、椅子から転げるように倒れ込んだ。
向かい合っていた女性の叫び声が響き渡り、店内が騒然とする。
「……遅かったか」