誰だってわかる
ただひとつ気になることがある。
それを私は彼女に訊ねた。
「その日記だけれど――」
「コレのことっすか?」
「持ってきたの!?
あなた! なんてことを!」
取り乱すように答えてしまったが、そんなものを持ち出せばどうなるのかわからない彼女ではないはずだ。
今後に差し障る事態に繋がることをした彼女は、けらけらと笑いながら答えた。
「だーいじょーぶっすよ。
逃げられないように見張りを数人置いてるっす。
それにこの町の街門は越えられないようにもしてあるっすよー。
万が一突破されたら、アタシがぼっこぼこにしてリボンつけて送るっす。
なんなら今からでも10分以内に縛ってプレゼントできるっすけど?」
けらけらと楽しそうに笑う彼女だが、そこまで言うのなら大丈夫だろう。
ルーナの依頼達成率は限りなく完璧に近い。
そういったことを信条としているみたいだし、本当にこの子は優秀だ。
依頼内容だけで私がどうして欲しいのかも理解した上で行動してくれる。
表向きはA止まりだけれど、本人の希望から私が上げないように計らっている。
諜報活動をするのにランクSは持っているだけで邪魔だと彼女は言った。
そんな彼女だからこそ頼める特殊依頼は山のようにある。
それだけ調査が必要だということ自体、問題なのだけれど……。
「そんで?
フィリっちは次に何をして欲しいんすか?」
「相変わらず、察しがいいのね」
「そりゃ"困ったなぁ"って顔してれば、誰だってわかると思うっすよー」
そんな顔をしていたかしらと考えるだけ無駄ね。
彼女にはほんの些細な心の機微まで伝わってしまうのだから。
なんて説明すればいいかを考えていると、言い辛いことなのかと聞かれた。
確かにその通りだ。
これは誰にでも話していい案件ではない。
彼女をもってしても危険な依頼だと言わざるをえない。
「だーいじょうぶっすよ!
アタシ、元気だけが取り得っすから!」
胸を張って笑う彼女に、私はためらいながらも例の件について話した。
笑顔でルーナは聞いているが、その瞳の奥には真剣なものを感じる。
もうすでに彼女の中では仕事を始めているのだろう。
そういった輝きを感じさせる強い瞳だった。
「なるほどっす。
つまりその馬鹿貴族がこの町に来ているのか、もしくは今どこで何をしているのかを知りたいんすね?」
「この町限定での調査をお願いするわ。
深追いをすれば、マルティカイネン家が動き出す可能性すらあるの。
ここは他国とはいえ、その影響力は計り知れないものがあるわ。
もし暗殺ギルドが本格的な行動に移せば、あなたでさえもただでは済まないわ。
だから、絶対に、必要以上の調査はしないと、ここで約束をして頂戴」
「フィリっちは心配性っすねー。
大丈夫っすよ、アタシも暗殺ギルドと揉めようとはさすがに思わないっす!」
……本当にそうなのかしら。
そう思えてしまう彼女の言動に、冷や汗が出てくる。
いくらルーナでも、無茶と無謀は理解できているはず。
彼女の言葉を信じて待つくらいしか私にはできないが、それでも依頼を出さざるをえないことに申し訳なく思う。
「……お願い、できるかしら……」
「もちろんっす。
アタシがこれまでフィリっちのお願いを断った試しがあったっすか?」
「"明日風邪を引くから休むっすー"とか言ってたのはどこの誰かしら?」
「もーそんな昔のことは憶えてないっすー」
両手で耳を塞いで答える彼女に、自然と笑みがこぼれた。
この子は私のことを大切に思ってくれている。
だからこそ、必要以上の危険には近づけたくない。
でも彼女でなければできないことが多すぎるのも事実だ。
思わず言葉がもれてしまう。
とても小さな声だったけれど、はっきりと彼女には届いただろう。
「……本当にごめんなさい、甘えてばかりで……」
「気にしないでいいっすよー。
アタシはアタシの好きなことをやってるだけっすから」
「……ありがとう、ルーナ……」
その言葉に優しい表情で彼女は答えた。
「……ママの頼みなら、アタシは断らないよ」
「……ありがとう」
その気持ちに嬉しく思わない親はいないだろう。
しかし、彼女にはひとつだけ言わなければならないことができた。
「でも私、娘を産んだ記憶がないのだけれど?」
「なはは! もしかしたらアタシ、男かもしれないっすよー!?」
とても愉快に笑いながら答える天真爛漫な彼女にため息をつきながら、私は大切な娘の無事を心の底から祈った。




