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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第八章 オ・ブ・デュ・デジール
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常識だと

 できあがったシチューを銀食器のボウルに入れる。

 立ちのぼる美味しそうな香りに釣られ、俺の前にやってきた。


「今日も美味しそうなお料理ね、トーヤちゃん」

「イノシシ肉のシチューだ。

 野菜もたっぷり入ってるから、美味いと思うよ」

「トーヤのメシは毎日食っても飽きないな!」

「俺らも冒険中はろくなもん食ってないから本当に助かるぞ!」

「そう言ってもらえると嬉しいよ、ありがとう」


 料理を受け取ると、必ず一声かけてくれる。

 素直に嬉しいが、手抜き料理で笑顔になってもらえることに申し訳なく思う。


「……本来は私が出すべきものなのに、申し訳ありません」

「これくらいはかまわない。

 いつもうちの子達に出してるから慣れてる」


 御者のティモはしょぼくれた様子で話し、どこかためらいながらも料理を受け取った。



 町を出発して4日。

 バルヒェットまではあと2日くらいか。


 この数日間は俺が食事当番をさせてもらっている。

 その理由もうちの子達、正確にはブランシェのために作っていると言えた。


 俺が隣町までの乗車を契約した馬車では、1日3回の食事がつく。

 にもかかわらず俺が料理をしている理由は、がっついてる子が原因だ。


 1日目の昼食時、フラヴィとエルルは出された料理から香る匂いで困った顔をしていたが、うちの"はらぺこわんこ"にはお気に召さなかったようで、ものすごいしかめ面を見せた。

 その引きつる表情に料理を作った御者は『そんなにヒドいだろうか』と口にし、乗っていた護衛冒険者達と乗客である主婦の3名が『ヒドい』と同時に即答した。

 これはもはや事件とも言えるような出来事かもしれないほどの料理だった。


 元々こういった馬車が出す食事に期待する者はほとんどいないのがこの世界では常識らしいが、あまりにもひどい料理に全員で緊急会議をすることになった。

 当然、何度も馬車で行き来をしている冒険者達でも経験がなかったことらしく、あまりの香りに相当驚いたようだ。



 味音痴の料理人が作ったことは食べる前から分かっていた。

 だが、調理の序盤から苦笑いを浮かべさせられるような作り方をするとは、さすがに俺も想定外だった。


 野菜も肉もごちゃ混ぜに鍋へ放り込むのはいい。

 問題はその臭み取りを怠ったことだ。


 使った食材はイノシシと鹿の肉。

 つまり獣臭さが鍋一杯に広がった。

 当然、野菜にもしっかりと染み付いてる。


 どちらも獣肉。

 臭みを取らず、血抜きもせずに料理をすればこうなるもの当然だ。

 イノシシも鹿も、調理するなら臭み取りと血抜きは常識だと思っていたが、それすら知らない者が料理を作ることになるとは思っていなかったのが本音だが。


 乗客にいた主婦にそれとなく聞いてみたが、『さすがにこんな獣臭くちゃ美味しくないわね』と眉を寄せながらはっきりとした口調で答えた。

 さきほど俺をトーヤちゃんと呼んだふくよかな中年女性、エッダさんだ。

 隣町で商売を始めた子供に会いに行くらしいが、それはいい。

 彼女曰く、こんなにも不味い料理を出してちゃ嫁も逃げ出すと笑った。


 ある程度臭みと血を取れなければ使わない方がいい獣肉を、鍋にぶっこんで味を付ければいいと安易な考えを持つ味音痴が料理をすれば、食べた人に強い不快感を与えるってことだな。


 驚くべきことに作った本人には気にならないようで、鍋からかもし出す刺激臭に耐えられなかった客の全員が怒り出しそうになったころ、仕方なく俺が提案をしたのが経緯になる。

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