相当の実力者
どうやら情報に間違いはなかったようだ。
洞窟と思われる場所の入り口に盗賊がひとり置かれていた。
内部構造的にはそれなりに浅いものらしく、入り組んでもいない。
当然そのすべてを鵜呑みにはできないが、外観の形状から察するに自然の洞窟を住処として使っているのだろう。
さてどうするかと考えていると、ライナーがサインで提案した。
それによると、単独行動で排除すると伝えたようだ。
俺は冒険者が使うサインを正確には理解できていない。
こういった場合、リーダーの判断に従う方がいい。
余計なことをすれば足を引っ張るだけだからな。
ディートリヒはサインで答え、ライナーはひとりで進む。
見張りとの距離100メートルほどで止まり、腰につけていた小さめのバッグから小瓶を取り出した。
やじりを瓶の液体につけると弓に矢を番え、あくびをする盗賊に射った。
風切り音を上げ、軽く弧を描いて飛んでいく矢。
見張りをしている男の膝に突き刺さり、倒れながらもがいた。
悲鳴をあげないことに俺は首を傾げるが、すぐに動かなくなった。
「ふぅ。とりあえず成功ですね」
「相変わらずライナーの狙撃はすげぇな。悲鳴すら上げさせないなんてな」
「ありがとうございます。麻痺毒もしっかりと効きましたし、重畳ですね」
笑顔で答えるライナーだったが、実際に彼がしたことは本当に凄いことだ。
100メートルはあるだろう距離にいる盗賊の膝を狙い当てる技術。
これが現代の日本なら、相当の実力者として注目を浴びていたはず。
恐らくはスキルが影響しているんだろう。
だがそれ以前に、彼の起こした行動の凄さがようやく俺にも理解できた。
「……あくびをし終えた瞬間に矢を当てることで、声の発生に制限をかけた。
息を吐いたあとでは声が出し難いのを狙った上で当てたのか……」
「一応狙いましたが、たまたま成功しただけですよ。毎回こうはいかないです。
即効性のある麻痺毒ですし、それを当てられたので十分ですよ」
なんとも凄い言葉を平気で口にしているが、俺にはこんな技術はない。
確かに弓も扱えるようには訓練をして、それなりには使える。
だが文字通り、それなり程度にしか矢を射ることはできない。
本職はこうも違うのかと思わずにはいられなかった。
見張りを縛り、草木に隠れるように転がしておく。
これでふたり無力化できたので、残る盗賊はあと6人。
情報通りであれば、ではあるが……。
洞窟前で佇む彼らの表情を見た俺は、ひとつの提案をした。
* *
「チッ! シケてやがるあの商人ども! ロクなもん持ってねぇ!」
苛立ちを抑えきれず、戦利品とも言えないゴミを地面にぶちまける。
最近この辺りでの襲撃に警戒しているのか、商人は価値のあるものを馬車に積まなくなっていた。
護衛ふたりは凄腕だったが、魔導具も持ってなかった。
そろそろアジトを変えるべきか。
警戒が厳しくなれば、襲撃される可能性がある。
冒険者はどうでもいいが、憲兵隊が派遣されるのは厄介だ。
出払ってる時にお宝を持ち逃げされてもつまらん。
「カシラぁ、オンナ狩ろうぜ、オンナ!
綺麗どこなら高値で売れるし、俺達もうまいぜ?」
ゴブレットに入れたワインを飲み干し、笑いながら手下は提案する。
商人が使えない以上、確かにオンナを狙うのはいい。
だがそれも週一で周ってくる乗合馬車を襲うことになる。
"中身"を選べない以上、稼ぎになるとは言えない。
ただ憲兵隊を派遣するきっかけを与えるだけかもしれないな。
……安定するのは冒険者狩りか。
それなら装備品を剥ぎ取り、オンナがいれば奴隷に落とせる。
今はこれがいちばんうまいだろうな。
「野郎ども! 次の仕事が決まったぞ!」
ゴブレットを上げながら威勢よく答える手下ども。
こいつらがいれば、冒険者などただの――
「――ひぐッ!?」
「ぎゃはははッ! なんだぁその声!」
声のした方向へ視線を向ける。
地面に転がる手下は白目で泡を吹いていた。
右太ももに刺さる矢に警戒心を強め、大声を上げる。
「出て来い!! クソがッ!!」
暗闇の中から現れる姿。
思わず口角を上げながら言葉が出た。
「……なんだ。金づるじゃねぇか」