どこか本物のようにも
私は、これまで仕事を優先しすぎていたのかもしれない。
他人の行く末を、これほどまで気になったことは一度もない。
もしもの不幸が訪れたとしても、冒険者という職業柄仕方のないことだ。
そう心のどこかで私は、出逢った人達を割り切って考えていたのだろうか。
……だとすれば、あの方を想うこの気持ちは、どこか"本物"のようにも思える。
「……あたしはさ、クラリッサには幸せになって欲しいのよ。
気立てのいい美人で、サブマスターにもなれる未来のギルドマスター候補。
仕事のミスも極端に少なくて、誰からも信頼されるギルド職員の鑑。
……でも違うよね?
それでもクラリッサは、あたしから見たら普通の女の子だよ。
誰かを想うよりも仕事を優先しちゃう、不器用で真面目な、普通の女の子だよ。
自分の幸せをいちばんに望んで何が悪いの?
あたしはそれが無責任だとは思わないよ」
「……自分の幸せを、いちばんに?」
そんなこと、これまで一度も考えたことがなかった。
あの方と一緒にいられるだけで、私は幸せなのだろうか。
実年齢よりもずっと大人に見えるあの方の傍に、私はいてもいいのだろうか。
……でも。
「ありがとう、ドロテーア。
でもいいのよ、これで。
私にはあの方についていけるだけの力はないもの。
かえって邪魔をしてしまうくらいなら、いっそのこと……」
私の答えに落胆した彼女は、天井を見上げながら深くためいきをついた。
まるで魂すら出てきそうなほど呆れ返っているのが手に取るようにわかる。
それでも私は、あの方の傍にはいられない。
あの方にはとても大切な使命があるように思えてならない。
常に前を見続けている美しい瞳に宿った意思が、そう言葉にしている。
そんなふうにも思えてしまう、とても神秘的な輝きを持つ方だった。
きっとあの方のような方が、"空人"と呼ばれる存在なのかもしれない。
それを知る機会はもう訪れないとも思えるけれど、あれだけ素敵な方なのだから、想い人くらいはいるはずだ。
そしてその方は、私よりもずっとずっと魅力的なのだろう。
そう考えたら不思議と納得してしまった。
「……クラリッサの前途は多難だねぇ。
こりゃギルマスも心配で引退できないじゃない」
「ふふっ、そうかもしれないわね。
でもあの方はとても有能だから、そう簡単に辞められては困るわ。
ローベルト様は私のことを優秀だと仰るけれど、あの方こそこのデルプフェルトにはなくてはならない存在だもの」
「……そんな様子、普段のクラリッサからは微塵も感じないけどね」
「知られるとギルドマスターとしての業務に差し支えるから、伝えちゃダメよ」
「はいはい。
……可哀想なギルマス……」
どこか楽しそうな声色が受付内に小さく広がる。
そんな彼女もまた、この職場を気に入ってるのだろう。
ここに勤める誰もがそうだ。
とても居心地いい場所、感じいい上司と同僚に囲まれている。
こんな職場はそうそうないかもしれない。
そう思えてしまうような心地のいい"みんなの居場所"。
そして私は、今日も日常を生きる。
いつもと変らず、いつもと同じように笑顔で。
分け隔てなくお客様をお迎えする。
大切な想いを心の奥底に秘めながら――
「いらっしゃいませ。
よろしければ、ご用件をうかがいます」