それが冒険者
急に何かをなくしたような感覚を私は感じていた。
それはなんだろうかと考えていると、横から顔を覗かせた同僚が話しかけた。
「……いいの?
初めて逢えた特別な子だったんでしょ?
もう戻ってこないかもしれないよ?」
どこか喪失感を覚えながら入り口を見つめていたせいか、同僚に心配された。
「……あの方は冒険者だもの。
旅立つのも自然なことよ」
そう私は答えるも、心のどこかではそれを納得していない自分がいることに驚いていた。
こんなことは初めてだ。
これまで幾度となく出逢いと別れを繰り返してきた。
帰らぬ人となってしまった方も少なからずいた。
この周囲は魔物も穏やかだとはいえ、稀に強い魔物も迷い込むように現れる。
そして記憶に新しい街道での馬車襲撃事件。
ランクA冒険者であるタルナート氏とハーラー氏もよく知っている。
ふたりとも明るく楽しそうに、お酒をたしなんでいた。
いつも決まった席で、笑いながら語り合っていた。
この世界では、時として想像もつかない不幸に見舞われることがある。
それは極々稀なことではあるが、決してゼロではない。
ほんの少しの油断がその方の一生すらも左右する。
それが"冒険者"。
自由と引き換えとも言える、私には想像もつかないほどの危険と隣り合わせの職で、とても勇敢な方達でなければ務まらない仕事だ。
「……せっかく出逢えたんでしょ?
このまま旅立たせちゃっていいの?」
どこか自分のことのように話してくれる彼女に感謝をしつつ私は答える。
それがどんなに望んでいたとしても、手の届かない高嶺の花と知りながら。
「いいのよ、これで。
私のわがままで、あの方の歩みを止めてはいけないわ」
「……そんなに大げさな話じゃないとあたしは思うけどなぁ。
いっそついて行くことだって選択肢としてはあるんだよ?」
「そんな無責任なことはできないわ。
私にも与えられた仕事があるもの」
頑なな意地を通そうとする私に呆れた彼女は、軽くため息をつきながら話した。
「もー、彼が"運命の人"かもしれないって瞳で見つめてるくせに。
あとで泣いたって、あたし知らないからね?」
その言葉に私の思考は止まる。
それも考えていなかったことだ。
それだけ大きな存在になっていたと思えるほどの接点はない。
これまであの方と直接逢って話したのも3回だけ。
それも事務的な話しかしていない、たったの3回だけだ。
「……そういうのはさ、逢った回数や時間じゃないんだよ?
びびっときたり、ある日突然雷が落ちるものなんだよ?」
まるですべてを見通しているかのように、彼女は私の心を見透かした。
……そんなに私の心は読みやすいのかしら……。
「顔に書いてはないけど、あたしもこれで一応女ですので」
その言葉に、思わず苦笑いが出てしまった。