ふたつの選択肢
そんなことを考えていた時だ。
気配を感じ、彼らに小さく声をかけて足を止めさせた。
「悪意を感じる人間がひとりいます。
盗賊団の可能性が高いですね」
「方向と距離は分かるか?」
「2時方向、距離120メートルくらいですかね」
俺の言葉に目を丸くするが、声に出すことはなかった。
フランツでさえも、こういった状況で大声を発したりはしない。
これが新米冒険者チームならこうはいかなかっただろう。
盛大に驚かれて、盗賊にこちらの位置を教えることになりかねない。
相手に冷静な対処をされたら、仲間に報告へ向かうはずだ。
警戒心を強められ、守りの体勢を取りながらの篭城戦を連中は選ぶだろう。
そうなれば状況はかなり危険なものとなる。
理想は気付かれる前に襲撃して、できるだけ多くの盗賊を倒したい。
それを彼もしっかりと理解しているのだろう。
驚愕の表情を浮かべながらも口を噤むフランツだった。
なるべく音を立てずにゆっくりと進む。
すると、ひとりの男がこちらに背を向けて歩いているのが見えた。
周囲に気配はない。
かごを背負っていることから、恐らくは食材探しでもしているのか。
そんなことを考えていると、ディートリヒはハンドサインを仲間に送った。
フランツ、ライナー、エックハルト。いけるか?
そのサインに頷く彼らは行動を起こす。
俺はディートリヒと待機しながら周囲の警戒を続けた。
木に隠れながらも静かに進む3人。
目標の背後を取り囲むように広がる。
10メートル付近まで詰めると、ライナーはフランツとエックハルトに視線を送り、落ちていた小石で敵の注意をフランツの反対側に向けた。
瞬時に飛び掛るフランツ。
弓を番えて警戒するライナー。
保護魔法の発動待機をするエックハルト。
二重三重の手を考慮した上での行動だが、どうやら盗賊はフランツの強烈な一撃で行動不能となったようだ。
「ま、下っ端相手じゃこんなもんだな」
「無事で何よりですね」
「まずは先手を打てましたね」
「いい情報源も手に入りそうだな」
「ディートはなんもしてねぇけどなっ」
「俺はディフェンダーだからな。速度はフランツに勝てない。
気付かれてた可能性だってあるし、俺は適任じゃなかったさ」
とても静かに話しながら笑う彼ら。
連携の取れたとてもいいチームだった。
「さてと」
ひっくり返る盗賊を担ぎ、来た道を引き返すディートリヒ。
ある程度距離を戻り、武装解除して縛り上げた盗賊を地面に転がし、持っていた飲み水を顔にかけた。
「――ぶはッ!? ごふッ! がはッ!」
「おう、起きたか? おはようさん」
苦しそうに呼吸を整える盗賊に、ディートリヒは低い声で言葉にする。
「俺が言いたいことも理解できるな? お前の選択肢はふたつ。
素直にお前らの情報を吐くか、このまま口を割らずに死ぬかだ」
「ふざ、な! くそがッ!」
「それでもいい。どうせお前らは町に連れ帰れば処刑だろうしな。
だがここで情報を吐けば、そのことを憲兵に報告してやる。
後はお前が犯してきた罪次第で、悪いようにはならないかもしれない」
これは脅しだ。
実際に殺したりはしないと事前に聞いている。
そんな価値すらないと怒りを込めて彼は話していた。
ここで情報を吐かないようなら気絶させて放置するだけだ。
連中がやってきたことを考えれば、これは温情にも思える対応だ。
そういった存在をこれから相手にするのだと、俺は気を引き締める。
情けをかけた瞬間ダガーが飛んでくる。
それが盗賊だと彼らから学んでいた。
随分と静かに考え続ける盗賊団の下っ端は、一度だけ忌々しいと見て取れる表情をしながら舌打ちを強くするも、素直に彼の提案に応じた。
どうやらこの場所から400メートルほど離れた場所に、アジトとして使っている洞窟があるらしい。
構成員や洞窟の内部構造、ボスの情報を聞き出すと、彼を縛ったまま放置して先へと進む。
そのことに文句を言っていた下っ端盗賊だったが、大声を出せば魔物を呼ぶだけだぞと脅したディートリヒの言葉に、再び大人しくなった。