恐ろしい方向へ
中々衝撃的な話を続けたが、ふたりは唸りながらも言葉にした。
「……なるほどの。
にわかには信じがたい話じゃが、トーヤ殿が言うのだからそうなんじゃろうな」
「なんだかすごいものを見せてもらった気がするな……」
「正直なところ俺自身もいまだに戸惑う時がありますが、人の姿なら目立ちませんし、戦いにもより対応できるので深くは気にしてません。
姿が変ってもフラヴィはフラヴィだから、今まで通り一緒に過ごすだけですし」
「ホッホ。
トーヤ殿ならそう言うじゃろうと思ったよ。
……真面目な話、世界は驚きと不思議に満ち溢れておる。
そのすべてを人ひとりの生涯で理解するには不可能なほどにの。
じゃからトーヤ殿の話してくれたことも嘘だとは思っとらんよ」
「まぁ、そうだな。
かなり驚いたが、俺としてはこの子が無事で安心したことの方が大きいな」
ふたりの嬉しい言葉に心が温まる思いだ。
手のひらを返すように豹変しないとは思っていたが、内心はかなり不安だった。
特にこの子はフィヨ種と呼ばれる、愛玩動物扱いされかねない魔物だ。
そんな馬鹿どもであれば、きっと目の色を変えて奪いに来るかもしれない。
そういった点で言えば、町の治安を護るエトヴィンと、支部とはいえ、ひとつの巨大コミュニティーを預かるローベルトは、話をする人物としては適任者だったんだろう。
それでもなるべく話さない方がいい案件なのは間違いない。
今後は滅多に語ることもないだろうが、常に気をつけていた方がいいな。
口がすべってこの子が危険な目に遭うだなんて、絶対にしたくないからな。
しかし、話すべきことも多い。
いや、これについて話すべきことなのかは今もわからない。
下手に伝えれば、恐怖心を煽るだけになるかもしれない。
それでも、そんな存在がいる事実を知りながら黙っていることはしない方がいいと俺には思えた。
神妙な顔でブランシェと出逢った時の詳細を話す。
ふたりはごくりと唾を飲んで聞いていたが、俺がその件を伝えると、少々顔色が悪くなりながら小さく言葉を返した。
「……3メートル級の巨大白銀狼……。
……人語を言葉にする高い知能……。
…………まさか、その子は……フェンリルの子なのか……」
「フェンリル?
狼の上位種だとは思ってたが、そういえばこの子の母はそれを伝えなかったな」
「……ワシも詳しくはないが、遙か北方の、それも氷に包まれた凍土の世界に生きる伝説級の魔物かもしれんの……。
なぜこんな場所にと思わずにはいられないが、もしもその子の母がフェンリルであるのなら、そんな強者を瀕死にするほどの存在がいる、ということになる……。
これは非常に由々しき事態になりかねないの……」
「この子の母ブランディーヌは、"テネブルに気をつけよ"と言葉にしました。
それが言葉通り"歪な闇"を意味するのか、別の存在かは確認できていません。
ですが、そういった存在がこの世界のどこかにいるとするなら、並の冒険者がいくら束になったとしても勝てるとは思えません。
確認のできない曖昧な情報なので、これについて話すべきか悩みましたが……」
「いいやトーヤ殿、情報提供に感謝する。
ワシも長いこと長として勤めているが、そんな話はこれまで聞いたことがない。
魔物の突然変異種であればその一匹だけの可能性も考えられるが、もしもそんな存在が世界にまだいるのなら、事態は恐ろしい方向へと向かうやもしれん……」
正直なところあのブランディーヌを追い込んだ、もしくは相打ちにした存在だ。
俺ならまだ切り札があるが、本音を言えばそれが通用するかもわからない。
もし効かなかった場合、俺には対処すらできない可能性もある。
動物の気配すら感じられない程度の冒険者には、まず勝ち目がないはずだ。
周囲を氷の世界に変えるほどの魔力を放って倒せるかどうかの強さを持つ存在は、俺じゃなければ倒せない可能性すら考えられる。
奥義が効かなければ、俺も逃げるしかないんだけどな……。
その後も色々と話し合ったがこれといった進展はなく、新情報が入り次第、別の町でも情報を受け取れるようにしてくれるとローベルトは話してくれた。
今は少しでも情報が欲しいところだが、もし再びそんな存在が出現すれば途轍もない騒ぎになるだろう。
俺にできることがあるとすれば、そういったわけのわからない敵に対しても対応できるだけの強さを手に入れることくらいしかないか。




