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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第一章 はじまりは突然に
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何不自由なく

「まぁ、神様が創った加護なんだ。

 ある意味、気まぐれなところもあるのかもな」


 ディートリヒの気になる発言に、俺は首を傾げた。


「神様? この世界には存在するんですか?」

「一般的にはそう言われてるけど、俺は逢ったことがないからなぁ。

 "神の証明"か。中々に深遠なテーマだな」

「……神官である私の前で話されると、何とも言えない感情が湧いてきますね」


 苦笑いするエックハルト。

 いい機会だし、聞いてみるか。


「エックハルトさんは神官ということですが、やはり神を信じ、敬いながら祈りを捧げているのですか?」

「そうですね。私に限らずこの世界には信仰を持ち、神に祈りを捧げる者はとても多いです。世界中にある教会は、女神ステファニアを唯一神として教えを広めていますが、その実、女神様に拝謁したという記述は聖書以外ほとんど聞きません。

 地上に顕現したという書物も、現存していないのではと言われています。

 私は神がこの世界に住まうすべての者を慈しみ、見守って下さると信じて毎日祈りを捧げていますが、実際に祈れば神がお救い下さるとは思っていないのですよ。

 それこそが人に何よりも必要なもので、そこには絶え間ない努力と研鑽、そして惜しみない愛情を他者に向けることが必要なのだと私は考えています。

 人が人を襲う悲しい世界で、私にできることなどたかが知れていますから」


 どこか悲しそうに話すエックハルト。

 その想いは崇高だと俺にだって理解できる。

 彼の言葉は多くの人を救う力すら持っているだろう。


 だが、俺の世界に神はいない。

 俺はそう思っていた。


 それも彼が言うように、見守るだけの存在だからそう思えたのか?

 恨み辛みしか持つことのできない俺が間違っているんだろうか。

 理不尽に人の命が奪われ、救いの手を差し伸べても振り払うかのような結末を辿る者が世界中にいる中、それを試練だと言葉にする宗教に俺自身が納得できていないだけなのかもしれないな。


 そうだとしても思わずにはいられない。

 神など、この世界のどこにも存在しないと。

 そんな存在は、人が創った偶像にすぎないと。


 いるはずがないんだ。

 そんなものは。



 俺がこんな考えを話をしたら、彼はどう思うんだろう。

 それも人それぞれの考えだと笑顔で言葉にするのか?

 それとも悪意を向けられてしまうのだろうか。


「……失礼を承知で言葉にします。

 冒険者という職は、あなたが望んでいることとは真逆だと思えます。

 あなたのような方であれば、教会にいてくれた方が訪れた人も安心するのでは」


 彼は冒険者などでなく、司祭のような立場にいるべきじゃないだろうか。


 とても失礼な問いに謝る俺を、彼は笑顔で構いませんよと返してくれた。

 話を続ける彼は、時折見せている物悲しい表情で話した。


「確かにその通りかもしれません。

 私が冒険者を続けているのは、病苦や飢饉をこの目にしたから、でしょうかね。

 そしてそれらを解決するにはお金をしかるべき場所に託したり、薬を差し出すことでは根本的な解決に繋がらないと悟ったからです。

 もし神が祈りや願いで人をお救いになるのであれば、苦しみの中を生きている子供達に手を差し伸べるはず。

 そんな彼らに"試練を与えている"と言葉にするだけの教会方針に私はついていけなかった、というのが本音ですね」


 そうか。

 彼とは考え方が少し似てるんだな。

 だからどこか波長が合うように思えたのか。


 実際に彼は神官を辞めたわけではない。

 冒険を続けながらもこの世界をその目で見つめ、考え続けているのだろう。


「込み入ったことを聞いて、申し訳ありません」

「いいえ。私も話すことで随分と気持ちが楽になりますから。

 どうぞお気になさらないでください」


 そう彼は笑顔で返してくれた。


 彼もまた、理不尽と抗いながら今を生きているのだろう。

 そして、自分がいかにちっぽけで無力な存在であるかを悟ってしまった。


 たしかに薬や金を差し出せば、苦しむ子供達を救うことはできる。

 だがそんな子供が何十人、何百人といたらどうだろうか。


 そのすべてを救うなど、人ひとりの手には余るのが現実だ。

 それにそういった救いを求める人達は、世界中にたくさんいるのも理解できる。

 この世界にだって戦争があるのだから、悲しみに涙している人もいるはずだ。


 ならその人達は救わないのか?

 それでも目の前にいる人達だけはと手を差し伸べるのか?

 そんなものはただの自己満足なんじゃないのか?


 矛盾した疑問を必死に考え、それでも明確な解決法など出ない彼は、永遠にも等しい問答の中を苦しみながら、今も正解のない答えを捜し求めているのだろう。


 そうだ。

 救うのなら、世界中の人々を平等に救わなければならない。


 食べ物も、衣服も、金も、薬も。

 すべて平等に渡さなければならない。


 そうしなければ別の火種になりかねないのを、彼は知っているんだ。

 そうせざるを得ないような、とても厳しく悲しい世界なんだ、ここは。



 そんな世界で、俺はひとりで生きていけるのか。

 平和な世界に何不自由なく生きていた俺なんかが歩くには、あまりにも厳しい世界なんじゃないだろうか。


 ……それでも……。


 俺は、それでも生きていくしか道はない。

 なぜこんな世界に迷い込んだのかは分からないし、どんな理由でここにいるのかも分からない。それを知る機会もないかもしれない。


 それでも俺は元いた世界に帰らなければならないんだ。

 こんな俺でも、待ってくれている人達がいるからな。


 でも、なんとかなるかもしれないとも俺は思ってる。

 楽観視しているのを考えると、未だ現状を正しく認識できていないんだろうな。

 それも仕方ないと言えるような目まぐるしい状況だったし、そういった実感が湧くようになるのは、もう少し時間が必要になるのかもしれない。


 だが、ディートリヒ達とあまり長くはいない方がいい。


 きっと俺は、彼らの優しさに甘えてしまうだろう。

 年齢を考えれば俺がいちばん年下だし、親身になって心配してくれる彼らは行動を共にするべきだと言ってくれるだろうが、そうなれば俺は腐るような気がする。


 この場所は居心地が良すぎる。

 長い時間を共に過ごせばそう遠くないうちに大怪我か、最悪死ぬかもしれない。

 自分の甘さが彼らの命を奪う可能性だってゼロじゃない。

 それが何よりも俺は怖い。


 だからまずは、俺ひとりでも世界を歩ける強さを手に入れよう。

 それが解消された時、きっと胸を張って彼らが"仲間"だと言葉にできる。


 そんな気がするんだ。

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