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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第六章 僭称するもの
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俺の役目じゃない

 滝のように涙を流して震え続けるおっさん達を無視し、改めて少女に訊ねた。


「落ち着いたか?」

「…………うん」


 とてもそうは思えないな。

 まるでこの世の終わりのような顔をしてるぞ。

 これは相当厄介なことになりそうだ。


「少しくらい憶えていることもあるんじゃないか?」

「……憶えてること……憶えてる……こと……」


 そういえば、まだ名乗ってなかったな。

 少女が答えるより先に俺は話し、この子の答えを待つ。


「…………あたしの、名前……なまえ……?

 ……え……るる……みう? らてぃ?」


 名前すら思い出そうとしているんだろうか。

 二転三転している気もするが、静かに待ち続けた。


「……え……えるる!

 私の名前はエルルよ!」


 自信満々に言葉にしたが、本当にその名前で合っているのか?

 いや、そこまで深く気にしない方がいいか。


 それはもう俺の役目じゃない。

 あくまでもこの子から詳細を訊ねるのは憲兵の役目だ。


「じゃあエルル、これから町に向かうが、腹の調子は大丈夫か?」

「え? あぁ、うん、大丈夫。

 美味しいごはんも食べたし、元気いっぱいよ!」


 ようやく表情に活力が戻ったか。

 まぁ、あとは憲兵に任せるくらいしかできないな。


「……ぐ……ぅ……」


 側面から声が聞こえ、視線のみをそちらに向ける。

 かなり強めに殴ったから後1時間は気を失ってると思ったが、随分と早く目が覚めたようだ。


 どす黒い気配を察したのか、エルルは俺の背後に隠れて服を掴み、男を見る。


「目が覚めたか。

 やはり強いな、あんたは。

 こんなに早く意識が戻るとは思ってなかった」

「……貴様」

「先に言っておく。

 逃げようとしたり、この子達に悪意を向けた瞬間、俺はお前を斬り捨てる。

 頭のいいあんたならこれは脅しじゃなく警告だってことも理解してるだろ?」

「……言わせておけば……」


 怒りを剥き出しでこちらに向ける男に、俺は気になっていたことを訊ねた。


「あんたが何をしようとしていたのか、その詳細は知らないし知るつもりもない。

 だが、この指輪ひとつであんたの復讐が達成できるとも俺には思えない。

 その意思も、抱え込んだ想いも否定するつもりはないが、あんたがそうするだけの強い決意を別の方向に向けることだってできたんじゃないか?」

「…………」


 相手と戦えば、様々なことがわかる。

 師である父が教えてくれた言葉だ。


 本当にその通りだと、この世界に来てそれをはっきりと実感できた。

 そのほとんどは馬鹿ばかりだったが、この男は違う。

 明確に、断固たる強い決意を込めて戦っていた。


 それがたとえ復讐だろうと、俺には止める資格がない。

 理由も知らずにそう断言できてしまうほどの想いを、この男からは感じられた。


 わかるよ、なんて軽々しく口にはできない。

 その気持ちをわかっているつもりで話しても怒らせるだけだ。

 そうなってしまった本人でなければ、それを自らが体験しなければ分からないことが世界にはたくさんある。

 それは異世界だろうとまったく関係ない。


 相手は人なんだから。


 俺にできることなんて、ないかもしれない。

 でもこの男には違った道を、とも思えてしまう。

 それもまた、拳を交えたからなのかもしれないな。



 男は黙って俺の言葉を聞き続けたが、少しだけ気配が穏やかになった気がした。

 そして、無法者ふたりもまた、真剣な表情になっていた。


 つまりはそういうことなんだろう。

 今回の件、初めてトシュテンと名乗る男と組んだふたりもまた、この指輪の持ち主に何らかの繋がりがあるんだろう。

 だからといって襲撃した点はとても褒められないが、傷つけては意味がないことにも関係しているのかもしれないな。


「この子を襲ってたお前らに聞きたいんだが、何でそんなことをしているんだ?

 犯罪に手を染めなくても、もっと真面目に生活する道だってあるはずだろ?

 俺にはお前らの行動理由がどうしても分からないんだ」


 俺にはその理由が見当もつかない。

 だが、それでもこいつらは、俺が以前関わった盗賊どもとは明らかに違う。


 これはただの気まぐれだったのかもしれない。

 でも、どうしても俺には、その理由を聞かなきゃいけない気がしたんだ。

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