せめて自由に
この世界では一般的に能力値のこともステータスと呼ぶ。
そしてそれは本来、それほど上昇しないものらしい。
彼らは俺の数値を知って固まり、解凍するまで5分ほどかかった。
なぜそうなったのかの理由は、話を聞く前からある程度は想定できていたが。
俺の能力はかなり低い。
それはLv.1と表記されていることも関係する。
もちろん経験を得てレベルが上がれば数値も高くなる。
それを踏まえても、やはり低いと言わざるをえない。
いち早く現実に戻ったディートリヒはそれについて話をしてくれるが、そんな彼にもやはり衝撃的だったようで何かを考えながら言葉にしていた。
ステータスの詳細をまとめると、大体こんな感じになるらしい。
HP
生命力のこと。0になれば瀕死となる。
無抵抗なその状態で攻撃を受ければ死亡する。
回復には専用の高度な魔法か秘薬を使う必要がある。
MP
魔法力の総量。魔法やスキルの使用に必要。
HPと違い、0になっても身体に悪影響は出ない。
回復には1時間以上の睡眠が必要となる。
攻撃
相手に与えるダメージに関係。
数値によって物理攻撃力が上昇する。
防御
相手から受けるダメージに関係。
数値によって物理防御力が上昇する。
魔力
魔法の効果が数値によって影響する。
低いとこの道に適正はないと言われる。
技量
いわゆる技術のこと。
レベル上昇による変化は得られない。
同じ武器を使い続けただけで上がるとは限らない。
これが一般的に広まっている知識のようだ。
この世界で大人と言われる年齢は15歳。
その平均的な能力を数値で表すと3になる。
当然のように、男女の差によっても平均値は増減する。
男性は攻撃と防御が高く、HPも若干だが女性とは差が開く。
女性は魔力が高く、MPは男性よりも増えやすい。
成人男性の平均的な能力値はこうなるらしい。
HP15
MP3
攻撃3
防御3
魔力2
他の能力とは違い技量は特殊で、生まれ育つだけでは成長しない。
男性も女性も訓練をしなければ0のまま大人になるそうだ。
もちろんこれは、あくまでも平均値にすぎない。
個人差があることだし、その傾向が見られるという程度だ。
女性だから戦士になれないわけではないし、男性でも魔術師はいる。
だがいくら鍛えても筋力がつかない男性や、魔力がまったくと言っていいほど上がらない女性も少なくはないらしい。
残念ながらそういった人は適正がないと言われ、別の道に進むそうだ。
戦士に憧れ、魔術師の道しか開けなかった例はいくらでもある。
本人の望んだものとは違った才能を与えられてしまう。
ここはそういった可能性のある、不思議な世界のようだ。
だからこそ人々は、自由な冒険者に憧れを抱くのかもしれない。
たとえなりたかったものとは別の道だとしても、せめて自由に生きたい。
そんな風に思った者達が多いのではないだろうか。
俺もまた想像とは違った未来に進んでいくことだって考えられる。
修練し続けた武術ではなく、魔術の才能が開花するかもしれないな。
しかし彼の話を聞いて、いくつか腑に落ちない点も出た。
先輩である彼らを技術のみで俺が圧倒したこともそのひとつだ。
レベル差を感じさせない腕力、いや、かなり強めには思えたが。
それでもステータスを無視しているようにも感じられた。
案の定、ディートリヒの能力値は俺よりも遙かに高いようだ。
ではレベルとはなんだ?
攻撃力や防御力とは?
この世界で表示される数値は、文字通りの意味を持たないのか?
能力値が他人には見えない以上、鵜呑みにすることはないだろうな。
あまり深く考える必要もないのかもしれない。
レベルや能力値は、あくまでも目安程度にした方がいいな。
真剣勝負の前に公言する馬鹿もいるとは思えないし、飾りにすぎないと判断するのが妥当か。
恐らくこれは世界の根幹に関わることだ。
彼らに尋ねても、答えられるとは思えない。
都合のいい解釈で言えば、初期値の俺でも盗賊戦で活躍できる可能性がある。
そんなことを思っていたが、どうやら彼らが固まった理由は、俺が考えていたものとは別だったようだ。
「……おいおいおい……。
なんだよ、そのでたらめな技量の高さは……」
ようやく解凍されたフランツの言葉に俺は納得した。
成人男性の平均値から考えればあまり変わらない。
攻撃、防御、魔力が3という数値は、一般人よりも若干高いと言える。
だが彼らは、そことは違う別の場所に引っかかっていたんだな。
説明を受けた後ならその意味も理解できる。
異質な高さだと思われても仕方がない。
でもこれは、誰かに与えられたものじゃないことだけは確かだ。
「他の数値は、一般的な成人男性とあまり変わらないんですね。
もっとも、MPは平均よりも遙かに高い初期値とも思えますが」
「その能力値でアレだけ強いって、反則だろ……」
「いや、技量の高さで説明がつく。
トーヤは小さな頃から修練し、あれだけの強さを手に入れたんだ。
これは数値じゃ計り知れないものだろうし、それならば納得いくんだが……」
言葉を詰まらせるディートリヒ。
その理由も、何となくだか分かる気がする。
この技量15という数値。
訓練をしなければ0のまま大人になることを考えれば、これは確かに高すぎると判断されるんだろう。
だが、彼の言葉が続かない理由は別にあるようだ。
「ずば抜けた技量15に加え、剣術と体術がⅢという点が驚きだ。
俺も噂に聞いたことがある程度だが、スキルを高めると到達できる領域らしい。
18って若さではまず辿り着けないし、それを3つも所持してることに驚きを隠せない。間違いなく同年齢で到達できるような強さを遙かに凌駕している」
彼が固まった理由もここにあった。
本来スキルとは、ローマ数字で表記されることはない。
剣術であればディートリヒとフランツも所持している。
しかし、スキルの表記には何も書かれていない。
それもどうやら、Ⅰという領域ですら軽々と超えていると彼は話した。
それを説明するとこうなる。
あくまでも噂程度の知識だぞと付け加えたが。
Ⅰ エリート
その道に類い稀な才能があり、努力を続けた者が手にする。
Ⅱ エキスパート
ひたむきにスキルと向き合い、さらに上へと歩めた者が手にする。
Ⅲ マスター
達人の領域。長年をかけ、その道の極意を体得した者のみが到達する境地。
「この噂が本当なら、トーヤはすでに達人の境地にいるってことだな……」
「……し、信じられねぇけど、あの腕ならどこか納得するな……」
「た、確かにそうではありますが、その話から推察するに、達人と呼ばれる領域は何十年と研鑽を重ねた者のみが到達することのできる極地なのでは?」
「俺も詳しくは知らないが、トーヤはこの世界の住人じゃなかったからな。
訓練方法だけじゃなく、すべての水準が高いんじゃないか?」
どうやら俺が身に纏っている物からそう判断したようだ。
確かに制服も靴も、中世と思われるこの世界では作ることができない物だ。
世界にある町や城の形状、人の生活環境は話を聞く限りそれほど良くない。
移動方法として馬車が使われてるのなら、恐らくこの時代は14~15世紀。
いわゆる"中世後期"と呼ばれた文明力じゃないだろうか。
独自の魔法文明が発達しても、生活水準はそれほど劇的な変化がないと思える。
そんなところから、訓練方法もこの世界とは随分違うと彼は判断したんだろう。